どんな状況でも、自分のことをわかってくれる人がいる。人はただそれだけで安心し、生きる力を得ることができます。その人が言ってる事の[正しい:間違い、正確:不正確、まとも:勘違い、前向き:後向き・・・]という内容の前に、なぜそういう事を言わんとしているか、という気持ちをまず受け入れる。発せられる言葉の意味よりも、自分の価値観や考え方と違っていても、その心情は理解する。
「どうして、そんなこと言うの?」
「なんで、そんなふうにしか考えられないの?」
「また、その話しか?」
・・・
理屈ではわかっているけど、つい口に出るのは反対の事、という経験は誰しもありませんか?
頭ごなしに、「そんなこと言ってちゃ、治るものも治らないわよ!」と言う前に、どうしてそう言うのか(言わざるをえないのか)、という気持ちを感じようとする。言ってる事はバカげたことだと思いながらも、気持ちには『共感』する。
そのためには、話しを「聞く」、のではなく、『聴く』、という作業が求められます。
聞く=耳で聞く=機械的に言葉の意味をとらえようとする
聴く=耳と目と心で聴く(「聴」という漢字を分解すると→耳、目、心が使われています)
『聴く』という作業はとてもエネルギーを必要とします。時には苦しくなってきます。一緒にいる時間が長いとたいへんです。肉親ほど難しいところ、あります。(編集長も頭から湯気だしながら、「聴こう」としています)
それでも、心に寄り添ってくれる人が居ることで、共感してくれる人が居ることで、人は安心して生きられるのです。黙って話しを聴いてくれるだけで、満足するのです。
「もっとも悲惨なことは、飢餓でも病気でもない。自分が誰からも、かえりみられないと感じることです」
(マザー・テレサ)
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