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ガン患者さんのご家族や親しい方へ

緩和医療・ケア

村上智彦先生インタヴュー(ささえるクリニック岩見沢 院長 NPO法人 ささえる医療研究所 代表)

幸せになるため、医療を利用する!
2013年8月 岩見沢にて
財政破綻した後の夕張市の医療を、体を張って支えた医師 村上智彦先生。財政支出削減のため総合病院から診療所に縮小された医療現場で、地域医療を再生させた経験を、高齢化が加速している日本の地域医療現場に役立てようと活動されています。なぜなら、夕張市で起こったことは今後日本各地で起きる可能性が高いからです。(詳しくは村上先生の著書『医療にたかるな』をご参照ください)



ところで、なぜガンの辞典として村上先生を取材したのか? それは健康や病気、そして医療に対する私たち生活者の意識の持ち方も変えていく必要があることを村上先生が示唆しているからです。

目の前の嫌な事を病院にお任せするなら、病院のやり方に文句を言ってはいけない。でも、自分の人生を生きたい!と思ったら、自分で覚悟を持って決めるしかない。病院にあなたの病気について考えてくれることを要求はできる。しかし、あなたの人生について考えてくれることを要求しても、そこまで病院は応えられません。
(現在は岩見沢にて介護付き有料老人ホーム入所者の診療、訪問診療、地域で医療をささえる仕組み作りに東奔西走されています)

NPO法人 ささえる医療研究所 村上智彦
北海道岩見沢市 JR岩見沢駅から徒歩2分



◆医療を受ける側が覚悟する◆

小澤
村上先生は、文藝春秋(2013年8月号)の対談でも病院への依存(お任せ治療)では、必ずしも幸せにはなれないと語っておられます。しかしガン患者は「ガン=死」というガンのイメージゆえに、病院主導で治療が進められがちです。患者自身が主体となるにはどうすべきだとお考えですか?

村上先生
医療提供側は自分が学んだ医学教育に基づいて最高の医療をしようとしている。一方、医療を受ける側は、元の生活に戻れるものだと信じて医療を受ける。ところが実際の医療は生活と懸け離れていたり、期待した結果とちがう。そこには少なからずギャップがあることを認識しなくてはならないのです。昔は感染症などが主体で、医療は期待に応えることができた。ところがガンや生活習慣病、高齢化に伴う不調などは医療だけで解決できない。医療側もできないとわかってやっている。

2人に一人がガンで亡くなるという現実があるにも拘わらず、病気や治療に対する意識が低くてお任せするというのは、そういう現実に対し知らないふりしてるか、目を背けているだけじゃないかと思うのです。昔から困ったらお上にお願いする、高度成長期に培われた悪しき習慣などで身に染み付いた日本人の甘さと言ってもいいでしょう。

お任せすれば悩まなくてすむかもしれないけど、病院のペースでやられますよね。すべて病院にお任せしたらいつまでたっても病人ですよ。医療というのは手段であって目的ではない。医療を受けることを目的にしてしまったら、病人でしかいられない。

病院というのは人生のある一時期を、とりあえず検査と治療のためにガマンして過ごす場所ですよ。待遇がいいわけがない。入院したらわかりますけど、5時に夕飯が出て8時か9時に就寝、外出は制限がある・・・刑務所みたいな処ですよ。(笑)

しかしながら、これだけ高齢化社会になれば病院は身近な存在です。だったら病院とは?医療とは?どんなものなのかを認識すべきです。知ろうとしていないだけですよ。

よく日本人が口にする言葉で「聞いてなかった!」というのがありますが、これおかしいですよね。「知ろうとしなかった」ということですよ。いい加減、考えを改めないといけない。ガンだけの問題じゃないですけど、高齢化が進んであと何十年かすると年間百数十万人が亡くなる。病院のベッドは95~100万床ですからとてもじゃないが収容しきれない。でも考えてみたら、病院って死に場所じゃないのですよ。更に言うなら、それで入院ベッドを塞いじゃうと、若い人の交通事故など急患を収容できなくなる。そんな世の中にしちゃいけないですよ。

日本という国は不思議で、「不安」という言葉が免罪符になってしまう。不安とか安心は本人の問題ですよ。でも安全は世界一守られている国です。それで不安だから・・・というのは、他国からすれば贅沢に過ぎない。だって、世界一長生きの国なんですよ。(笑) 

あるシンポジウムでオーストラリア人に、「なぜ日本のドクターは、平気で子供にCT検査するの?」と訊かれたことがありました。頭を打ったからといって平気でCT撮る。子どもの方が被爆のリスクは大きいのに。脳腫瘍のリスクが高くなるのは科学的にわかっているのですよ。「安心だから、念のため」というのが横行している。誰のための安心か? 医者と親のためですよ。本人はいい迷惑ですよ。

とりあえず目の前の嫌な問題をなんとかしてくれ、というのが日本人に多い発想なのです。冷静、客観的に考えない。感情論と科学的根拠をちゃんと分けて考える習慣がついてない。とりあえず目の前の不安を解消すればいい。感傷と偽善の国、と誰かが言っていましたね。「可哀想だ」で全部済ましちゃう。それで済ましちゃうなら、後からグダグダ言わないでよ、ということですよね。感情論で医療行為を受けて、客観的な事を後で知って「聞いてなかった」と文句を言うのはおかしい。


◆誰もが死生観を持つべきだ◆

小澤
それでも病院のペースで医療が進んでしまうことが多い。

村上先生
自分の人生の問題は自分が決める、という覚悟がないならすべて医者に任せればいいのですよ。ただし、医者はあなたの病気のことは考えても、あなたの人生のことは考えません。

もし病院任せにしたくないなら、自分で情報を集めるべきです。今の世の中、情報はいくらでも集まる。インターネットで検索できるし、たとえ医者に行かなくても体験者の本は山ほど出ている。そういう人に実際会いに行って話を聴くことだってできる。そういった情報にアクセスしたくないなら、お任せすればいい。

東大のある先生が「日本人はもっと宗教観を持つべきだ」と発言していましたが、僕は「死生観」でいいと思います。死生観はとくに難しく考えずに、「人間はいつか死ぬのだ」と自覚することでいい。人間の死亡率は100%なんだから。(笑)

僕はちなみに現場で患者さん全員に「あと何年、生きたいですか?」と質問します。「あと10年生きたい」「5年生きたい」という人には、治療しましょうと言う。高血圧も糖尿病も治療しましょう、と。そういうやりとりをしてると患者さんも本音を語りますよ。「孫が高校に入るまで」「息子が○○なので、あと○年は元気でいたい」

「明日死んでもいい」という人には、「治療いらないと思うけど、そのかわり救急車呼ばないでね。救急車呼ぶと1回4万円以上かかるから」 それが医療というものだと思っています。日本一高齢化した町で僕はそうしてきた。そういうと残酷だとか、年寄りに早く死ねということか、とか叩かれましたが、「年寄りに早く死ね」と言ってはいない。「年寄りは(普通、自然界の法則では)早く死ぬ」と言っているだけです。それを自覚することが死生観ではないでしょうか。

死について自覚、認識しないのは、やはり目の前の嫌な事に蓋をしているだけですよ。医者はよかれと思って言わないけども、みんなその事実を避けるべきではない。本当は誰もがわかっているはずなのに。ガンと告げられて、パッと目の前に避けていた事が現れて慌てる。

本にも書きましたけが、「医療は世界一だけど、医療の対する満足度が最低なのが日本人の悪いところ」ですよ。これは贅沢ですよ。医療に対する満足度世界一はイギリス(調査当時)です。そのイギリスは数年前、救急車を有料化しました。イギリスの救急車は、血を流している人と意識のない人以外は搬送しません。たとえば妊婦さんが破水して救急車呼んでも、帰っちゃいます。日本だったら訴訟沙汰でしょ。それでも納税者は満足している。

医療に際限なく要求されても応え切れるはずがない。病院に行ったら死なないようにしてくれ、っていうのがどだい無理な要求です。それは認識しなければいけない。夕張市と一緒ですよ。炭鉱夫の年金は平均35万円です。今の若い人たち、そんなに給料貰ってますか? 高い人だと4~50万貰ってますよ。それでもってたいへんだ!困った!と要求を突きつける。2006年に破綻した夕張市の税収は年間9億で、負債は630億超でした。たかってきたのですよ。

小澤
日本人は健康保険制度の恩恵で誰もが比較的安い費用で医療を受けることができる。その一方で中学生までの子どもの医療費の負担を無料化している自治体もあります。このような状況では、病気になったら病院に行ってタダで治療してもらえばいいと親が日頃の健康について無頓着になってしまう。

村上先生
そう思います。要するに甘やかし過ぎている。そしてそれが当たり前になっている。夕張市は日本の他の地域から見ると「甘やかしている」となる。

翻って世界から見れば日本は「国民を甘やかしている」ということになります。夕張市は日本の縮図なのです。そういう社会を、行政を、政治を選んできたのは我々なのに・・・。

医療についても、あまりにも自己責任を問わなさすぎる。胃瘻だって、自分については9割の人がやりたくないと思っているのに、親にはなんとなくやっている。目の前の嫌な事・・・死・・・を避けているだけです。

ここの施設では、胃瘻は6年間で一人だけ。その代わり、口腔ケアと肺炎の予防だけはきっちりやります。口腔ケアによって歯周病を改善するだけで脳卒中、心筋梗塞、糖尿病、認知症、肺炎の予防になります。それはエビデンスが出ていますから。どんなに病院作ったって長生きできないのは東京都民が証明していて、いかに日常の健康意識が大切かを長寿日本一の長野が示している。長野は医療機関のない地域だってあるのですから。病院にお任せの意識では長野のようにはいかないですね。

病院がストライキして死亡率が3割減ったというアメリカの例があるのですよ。他にも第二次世界大戦でロンドンが空襲された時の有名な疫学データがあります。ドイツ軍の空襲が続いて、昼夜防空壕に避難するストレスや食糧が不足して栄養状態が悪いので平均寿命が下がった(死亡率が上がった)と予測されたにも拘わらず、実際にデータを取ってみたら平均寿命が上がっていた(死亡率が下がった)。その理由は、摂取カロリーが少なく運動の機会が増えた、つまりダイエット効果です。そんなものなんですよ。

小澤
10年ほど前でしたか、当時の名古屋大学の老年科の教授が、「高齢者の訴える症状の3割は薬の副作用です。代謝機能が低下した分、薬剤の血中濃度が高く保たれ副作用が出やすくなる。その副作用の症状に対しまた別の薬が処方される」と言っていました。

村上先生
僕は3割以上あると思いますよ。日本てね、若い人には適用されるが高齢者には証明のない医療をそのままやっている。つい最近のアメリカの糖尿病学会の発表では、ヘモグロビンA1cは8以下です。それより厳しくしても寿命は短くなる、と書いてある。日本人、80歳、90歳になってもインスリン注射3回打っている。90歳の人の血圧下げる意味あるんですか? 僕はよく言うのですが、「90歳の人の平均血圧、知りません」 日野原先生しかわからないかもしれない。(笑) でも世間一般では血圧下げている。

この施設の入所者の平均年齢は86歳だから、減塩していない、血圧、血糖もほとんど測定していません。「何かあったらどうするんだ?」と言う人もいますが、86歳の人たちの「何かあったら」って何ですかね?(笑)

小澤
ガンになったことで死を意識しガンになる前より自分らしい生き方ができたという体験者の情報は、人生の主役をガンから自分に回帰させてくれるようです。

村上先生
ガンになってハタと死について考えるのはいいことじゃないですか。きっかけは何でもいいけれど、考えないで済ましちゃうほうが後悔の残る人生になってしまうかもしれない。

ある病院のレポートにこんなのがありました。【患者さんたちが死ぬ間際に後悔していること】
「もっと自分の思う通りにやればよかった」
「我慢しないで言いたい事を言えばよかった」
というのが上位だった。

ここは介護付き有料老人ホームで40人の方が入所しています。本人全員およびそのご家族と話し合いました。95%の人がここで死にたい、と希望しました。ここで看取ってもらえるなら、病院に行って余計な延命はしたくない。

夕張でやってわかったのは、総合病院から診療所になって死亡率は下がった。在宅医療と予防を一生懸命やったら下がったのです。感染症が主な死因だった昔と違って、生活習慣病については立派な病院があっても死亡率は下がらない。

ガンについても冷静に、こういう治療をしたほうが長生きだ、こういうことをやったほうがハッピーだ、ということをやればいい。知らなかったとか病院がやってくれなかった、という被害者意識は何の解決にもならない。この情報化時代に「聞いてなかった」というのは、おかしい。勉強だって情報源へのアクセスだって制限されていない。自分で選択することを邪魔されることもない。日本は世界一安全な国です。だけど、“安心”は自分で考えないとダメなのですよ。不安、安心というのは基本的に本人の問題で外部が解決できるものではない。

NPO法人 ささえる医療研究所 村上智彦
たっぷり語っていただいた村上先生(中)、右は地元でラフターヨガのリーダーをされている松川さん




◆幸せになるため、医療を利用する◆

小澤
ガンの“克服”というのは、なにもガンが【消えた:消えない】【治った:治らない】の二極化やガンを制圧する、という意味ではないと思っています。十人十色の克服の仕方があっていい。ガンがあっても日々を生きることにエネルギーを注ぐ。それも“克服”だと思うのです。

村上先生
病人は病人として生まれてきたわけではないですよ。多くの方の場合、病院でキュア(治療)するのは人生の中ではほんの一時期です。僕はキュアよりケアに重きを置いています。

ガンの末期の人に匙投げるのはキュアの部分であって、治療することがなくてもケアすることで生活の質は上げられます。生活を楽しむことは出来得るのですよ。

今、余命半年という人がいるのですが、1年以上経ってるけどピンピンしてます。たぶん、薬とか検査を止めたからじゃないかな。(笑)再発もしていません。食道ガンで既治療からするとガンが残っていてもおかしくない。本人の希望で検査したけど、カメラで覗いても見当たらない。本人はお酒飲んでタバコ吸って好き勝手してる。訪問診療の当初はモルヒネ使ってましたが、再発もないので今は使っていない。只のアル中とタバコのみのおっさんです。(笑)訪問診療も(費用的に)もったいないから、通院させています。

やることないッ!と言いながら薬だす?! 意味ないですよね。先ほども言いましたが、ここでは減塩しない、入浴前の血圧測定しない。以前、血液検査したら低ナトリウム血症の人が何人かいて痴呆と診断されていたのですけど、漬物食べさせてナトリウム戻ったら長谷川式で満点取りました。(笑)アリセプトを服用していたのですが止めました。

東京のがんセンターだって、月に1回くらい落語とか漫才とかやっていますよね。さっきのアル中でタバコのみのおっさんだって、好き勝手やってるからストレスないんですよ。そうすりゃ、免疫の状態はいいはずですよ。

キュアは科学的裏付け(EBM:Evidence Based Medicine=根拠に基づく医療)によって行われるべきだが、ケアはナラティブが大事(NBM:Narrative Based Medicine=物語りと対話に基づく医療)。ところが日本人は真面目なので(笑)、ケアにもEBMを当てはめちゃうところがあります。そうなるとケアというより管理になってしまう。

病気というレッテルを貼られると管理したがるし、管理されるのがよいと思いがちだが、あながちそんなことはない。むしろロクなことはない。(笑)病気になったからアレができないコレができない、ってバカな話ですよ。

小澤
「生きててよかった!」と感じることをしていると、体は喜びイキイキするでしょうね。

村上先生
在宅やっててつくづく思うのは、「余命3ヶ月」というのは病院に居たら3ヶ月、という意味です。そりゃそうですよ、病院に居たら“病人”にしちゃうんですから。

札幌の話ですが、50代の末期ガンの方がいて、余命数週間と告知もされている。本人もわかっていたので、自宅に戻ることを希望した。ところが病院は拒んだ。「帰りの救急車の中で死なれたら困るからダメ」 要するに病院側に過失があってはまずい、ということなんです。結局その方は病院の判断に従って、自宅ではなく病院で亡くなった。

小澤
病気があることが不幸なのではなくて、“病人”になってしまうことが不幸だと思います。

村上先生
自分で覚悟を持って自分にとって本当に必要なことをやる。病院にお任せするなら、病院の言う通りになってもしょうがないと諦めてください。でも、ガンになったって自分の人生を生きることはできるのですよ。自分の健康の責任を自分に取り戻せば。医療にお任せして幸せになるのではなく、幸せになるため医療を利用するという意識がちょうどいいと思います。

ピンチの時ほど、人間真剣に考える。地域再生でも個人の健康再生でも同じこと。ピンチはチャンスです。



◆NPO法人 ささえる医療研究所のブログはこちら!

◆村上智彦先生の著書「医療にたかるな」





【編集長感想】

著書から受ける印象そのままの熱血な語り口・・・立川談志を彷彿とさせる(笑) しかしながら、その主張は冷静でクリアで理にかなっている。そして人間に寄り添っている。

財政破綻した夕張で体を張った。何に対して? 既得権益、依存体質、過剰医療、管理主義、低い健康意識・・・。

村上先生の活動はシンプルだ。
【必要か、必要でないか】
【責任を取るか、取らないか】
【しっかり向き合うか、目を背けてやり過ごすか】

日本の将来を見据えた「ささえる医療」は、医療・福祉・介護従事者、地域住民が主体となる。地域やそこに住む人々個々の“物語”を重んじることで、各人が地域と住民をささえる。それは、病人や要介護者という対象と見なして医療や介護を施すのではなく、一つひとつの人生をリスペクトするケアである。医療現場に蔓延る治療至上主義、生命至上主義は、時に過剰医療となり、必ずしも豊かな医療とはいえない。そのことを施す側も受ける側も、今こそちゃんと考え見直してみよう。



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