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再発・転移・進行・末期のガン対策

ガン体験者との対談

片桐基博さん 2度の原発性肝細胞がん

身体は病気のデパートでも、人生楽しんだもの勝ち!
2020年9月 いずみの会「体験談&交流会」にて

片桐基博さん 2度の原発性肝細胞がん
もっぴーさんといえば、まずコレです♫



◆病気のデパート◆

只今ご紹介頂きました、「もっぴー」こと片桐基博です。

今日は、いずみの会でこのような機会を頂きありがとうございます。役員やボランティアスタッフの皆様に感謝致します。

最初に「もっぴー」のいわれをご披露します。3年前に始めたウクレレ。初心者にもかかわらず、ある練習会に誘われ、のこのこ出かけて行きましたところ、20人ほどのメンバーはお姉様ばかり。男性は私一人でした。折角お仲間になったのでニックネームで呼び合いましょうとなりました。私は、子供の頃から親や友だちに「もっちゃん」と呼ばれていました。いい歳して「もっちゃん」もなんだかなぁ・・・そういえば昔の彼女が「もっぴー」と呼んでいた。それを思い出して口にしたところ、思いのほか受け、採用されたのがきっかけで現在に至っております。

さて、洋の東西を問わず、病気は人間にとって付き物ですが、お話のタイトルにあるように病気のデパートなる私の病歴は、

1999年 心房中隔欠損 開胸手術

2012年 胴不全症候群による不整脈で、ペースメーカー埋め込み術

2013年1月 原発性肝細胞がん 開腹手術

2015年 糖尿病性慢性腎不全により透析導入

2019年1月 原発性肝細胞がん 開腹手術

現在、がんについては、画像診断を2から3ヶ月ごとに経過観察中

人工透析、週3日間、1回4時間継続中、となっております。

これほどの病と付き合いながら、「人生楽しんだもの勝ち!」をモットーにしているわけですが、今日は私の病歴にではなく、私の人生にフォーカスしてお話したいと思います。


片桐基博さん 2度の原発性肝細胞がん
己書の師範でもあります



◆お調子者、社会に飛び出す!◆

私の人生のテーマはズバリ、【調子に乗った人生】です。とにかく調子に乗って生きてきました(笑)

1958年7月、長野県長野市の善光寺の近所で産声をあげました。子供の頃はやんちゃ坊主で、ガキ大将でした。自分で言うのもなんですが、明るく運動が得意な人気者だったと思います。(笑) 中学ではバスケット部の副キャプテンで部活に明け暮れました。ただ、学校の健康診断では、ほぼ毎回レントゲン検査で引っかかり保健所まで出向いて再検査をしていました。どうやら後に判明した心房中隔欠損の影響だったかもしれません。高校は新設校の第一期生。上級生がいませんので調子に乗りました。(笑)

何も「お調子者」というのは羽目を外すような悪い意味ばかりではなく、自分らしさでもあり、時に仲間を元気づけることにもなったと思います。

高校卒業時の進路については、大学進学と社会に早く出たいという両方の希望を抱いていました。志望する大学が見事に不合格だったことから、早めに社会に出ようと東京の旅行専門学校に入校しました。下宿をしてアルバイトを始めると、そのアルバイトがなんとも楽しくてしょうがない。学校そっちのけでアルバイトにのめり込んでしまいました。さすがにこのままではマズイと、そこから一念発起、別の学校に入学しなおし、そこではひたすら学業に専念し、一般旅行業務取扱主任者という難関な資格を取得しました。運良く大手の旅行代理店に就職し、花形の海外団体旅行のセクションに配属となり、世界各国に添乗同行や滞在しました。体力的にはきつかったですが、とても楽しかったです。

順風満帆の会社勤めでしたが、そのうちサラリーマンという雇われの身が嫌になってきました。お調子者ですから、自分なら独立してやっていけると錯覚し出しました。(笑)仕事を通して知った中小企業診断士の資格を、1年間必死に勉強して取りました。そして、故郷長野のコンサルティング会社のチーフとなり顧客開拓の営業から企業診断、コンサルティングまで実績を積み上げました。その後、お得意様の後援もあって独立しました。仕事が増えれば増えるほど時間的制約や夜遅くまでのお付き合い飲酒があって、体に負担をかけたと思います。


片桐基博さん 2度の原発性肝細胞がん
今日は元営業マンらしくネクタイにスーツ姿



◆発病◆

41歳の時に東京出張の折、息が苦しくなりました。それがきっかけで心房中隔欠損が判明し、8時間ほどの大手術を受けました。初めての大病で、とても不安でした。ちょうど長野オリンピック後の不景気もあって、経営意欲が失せてしまいました。知人にも相談し、断腸の思いで会社をたたみました。

このあたりから調子に乗る人生が下り坂になりました。(笑)

会社精算後、名古屋に来て建設会社に入り、相続税対策の不動産業務に携わりました。そこで新人賞を頂きましたが、毎日の飛び込み営業が体力的にきつくなってきました。そのうちまた私の中で悪い虫が顔を覗かせます。(笑) やっぱり人に使われるのはイヤだ。大将でいたい。そこで相続税対策に携わった経験から生命保険の代理店となりました。

とまぁ、調子に乗ってきたわけですが、2011、12、13年あたりは立て続けに発病するという年回りになってしまいました。

同じ病気の“がん友”さん達と出会ったのは、まだ1年半前のことです。去年(2019年)1月に2度目の肝臓がん手術をして2月に退院、3月に浜松でのウクレレのイベントに行きました。そこで何人かの方にお会いし、そこからご縁が広がりました。


片桐基博さん 2度の原発性肝細胞がん
ウクレレのお仲間と



◆調子に乗って生きる達人◆

がんと一口にいっても、皆さん千差万別です。一概に私のように「楽しんだもの勝ち」とはいかない人もいらっしゃると思います。かくいう私も、がんが判明したときは落ち込んで人と会うことさえできない時期もありました。ですが私の場合、どこかで調子に乗る自分らしさを忘れずに保っていれば、またよい波に乗ることができるという思いを持っていました。

「楽しい人生」といってもいろんな解釈があります。私は「楽」を「らく」と読み、「楽(らく)に生きる」と捉えます。治療、勉強、仕事、どれも「~しなければいけない」「~するべき」は自分を苦しくします。目標を持って頑張ることが大切な局面もありますが、それだけに囲まれてしまうと閉塞的で行き詰まってしまうのではないでしょうか。なので、仲間と共に一緒に楽しむ時間が貴重だと思います。

人生は全てにおいて判断と決断の連続だと思います。選択をする判断と実行する決断。その基準が私の場合は、「楽なこと」「楽しいこと」なのです。悪いことがあっても、楽しいことを調子に乗ってチャレンジすることが、よいメンタルを蘇えらせ、保つ秘訣です。

最近は、ウクレレ、己書に加え、ふと思いついて篠笛を始めました。また私は、自分をどんどん発信しています。今はSNSもあるので、発信することで仲間ができ交流が広がっていきます。

とにかく自らの基準で動くこと。そうすると世界が広がり、自分の可能性や生命力が輝くと思います。

ご清聴ありがとうございました。



【編集長感想】

もっぴーさん、2度の肝臓がんはいずれも手術だけで、抗がん剤など他の治療は何もしなかったそうです。心臓や腎臓に疾患があるので、医師も勧めなかったのかなと思います。

がん患者さんのなかには、「今まで我慢して頑張る人生を送ってきたから、これからは楽しいことだけしていきます」と宣言される人がいます。

ただね、「楽しいことだけする」のと「人生を楽しむ人として生きる」には微妙に差があると僕は思うんです。

〈意識と振る舞いが一致しているか?〉

病気を発症するほど“頑張ってきた人”のままで楽しいことをするのだとしたら、変化は振る舞いだけです。もしかしたら、楽しむことをムリポジ(無理やりポジティブ)しているに過ぎないかもしれません。(それを繰り返すことで内面が変化することもあるでしょうが)

一方、“人生を楽しむ人”が楽しいことをするのは、無理やズレがありません。楽しむことをネガティブに捉えていないし、楽しまなければならない、にもなっていない。

もっぴーさん、これからも調子に乗って行ってください!

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