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再発・転移・進行・末期のガン対策

ガン体験者との対談

塚本ふゆみさん 肺ガン・脳転移(4度再発)

治るか!?治らないか!?より、私の人生をどう生きるか!!
2017年12月 神戸市垂水区にて
塚本さんは39歳の秋、突然の激しい頭痛に襲われ意識を失います。救急搬送された病院で判明したのは、肺ガンが転移した脳腫瘍。主治医はご主人にだけ、「年内もつかどうか・・・」と告げたそうです。


塚本ふゆみさん 肺ガン・脳転移(4度再発)
取材時、笑顔キラキラの塚本ふゆみさん




◆意識を無くし救急搬送・・・2年生存率3%◆

小澤
はじめまして。ガンの辞典 編集長の小澤です。SNSで塚本さんのご投稿をフォローしていて、是非お話を伺いたいなと思っていました。今日はよろしくお願いします。

塚本さん
こちらこそ、よろしくお願いします。

小澤
早速ですが、病気の経緯をお聴かせください。

塚本さん
はい。2010年の10月、突然、割れるような激しい頭痛に見舞われ、意識不明になりました。救急搬送された病院で、脳に腫瘍があることが判明しました。

小澤
意識を失うほどの頭痛の正体は、脳腫瘍だった!? それまでに自覚症状はなかったのですか?

塚本さん

頭に痛みを感じることはありました。それより4ヶ月前くらいから、咳が出るようになっていました。通院先では咳喘息と診断され、吸入治療をしていました。一向に良くはなりませんでしたが。

小澤
ずっと喘息扱いだったのですか!?

塚本さん
検査してみると脳の腫瘍は転移で、原発は肺腺癌でした。心臓の真裏に主病巣があったので、見つかりにくかったようです。縦隔リンパ全体に転移があり。左の肺にも2、3あったようです。その時点で、主治医は夫に「年内もつかどうか・・・」と、告げたそうです。私がその余命の見通しを知ったのは、数年後でしたけれど。

小澤
塚本さん本人に知らせるような状況では、なかったでしょうね。すぐさま、治療が必要だったでしょうし。

塚本さん
ええ、まず脳の腫瘍を摘出しました。その後、肺の抗ガン剤治療になりました。

小澤
立ち止まって考える間もなく治療が進められていったようですが、ガンという病名を聞かされて何が頭に浮かびましたか?

塚本さん
そうですねぇ・・・実は、そうじゃないかな(ガンじゃないかな)と思っていたのです。

小澤
自分はガンかもしれない・・・と推測していたということですか?

塚本さん
「咳」や「背中の痛み」でネット検索すると、「肺癌」がヒットしました。なんとなく、疑っていたのです。

小澤

倒れる前に、なかなか治らない咳や症状について調べていたのですね。しかし、他にも該当する疾患名があるかもしれないのに、「肺癌」に目が向いたのですか?

塚本さん
なんとなく胸騒ぎがしたのかもしれません。でも、信じたくなくて・・・。

小澤
目を背けた?

塚本さん
ですから、実際にガンという病名が突きつけられた時は、「ついに捕まった!逃げられない」という思いでした。

小澤
先ほど、余命宣告を知ったのは数年後と仰っていましたが、肺ガンの脳転移となると、事は簡単ではないなと勘ぐりますよね。

塚本さん
もう怖くて、調べることはできませんでした。弟にも、「お姉ちゃん、調べたらダメだよ」と釘を刺されました。

小澤
それ、逆に察しちゃいますよね!?

塚本さん
察しましたね。(笑) それでも、ほんとに怖かったので、避けて避けて調べないようにしていたのですが、うっかり見かけたテレビで、肺ガンのステージ4だと2年生存率は3%だと言っていました。「うわぁ~、私って3%なんだぁ~」と、知ってしまいました。


塚本ふゆみさん 肺ガン・脳転移(4度再発)
ガンマナイフ治療に臨む塚本さん



◆ガンという追っ手から逃れる日々◆

小澤
避けていた詳細情報も、否応なしに耳目に入ってきながら、日常生活と治療は待ったなし!?

塚本さん
もう毎日がいっぱい、いっぱいでした。こんなことがあっていいのか・・・。1秒1秒が、苦しく感じられました。

小澤
それは肉体的にも、精神的にもという意味ですか?

塚本さん

気は張っていたのですが、抗ガン剤治療が回を重ねるごとに、体はしんどくなっていきました。そして、体のしんどさが気力を奪い、萎えさせる。重く沈み込んでいくようでした。

小澤
抗ガン剤治療は、どのくらい続けたのですか?

塚本さん
12月から3ヶ月ほど。回数にして4回だったと思います。この標準的な化学療法では治る見込みが少なく、再発率が高かったのですが、それにも拘わらず受けたのには理由がありました。私のガンのタイプに有効とされる新薬の治験があって、その治験の対象者が従来の化学療法で効果がなく、再発した人だったのです。

小澤
再発を覚悟での治療だったのですか!?

塚本さん
脳に再発が確認された2011年3月に転院し、治験に参加しました。でも、新薬と従来の薬剤を比較する治験だったので、私はくじ引きで従来の薬剤を外来で点滴投与されるグループになりました。

小澤
新薬を試せなかったのですか?

塚本さん

そうなんです。既存薬を外来で処方されましたが1年半ほどで脳に再発、新薬を飲むことになりました。新薬は、期間にして1年半ほど飲みました。そこで脳に3度目の再発。それ以降は、別の分子標的薬を使用しています。

小澤
長らく標準治療を受け続けておられますが、年数が経過するにつれて、治療への意識が変わってきたことはありますか?

塚本さん
標準治療は主治医に任せ、自分でできる自助療法などを情報収集しました。でも、方法が有り過ぎて、一体どれがよいのか判らなくなってしまいました。

小澤
病院の治療だけでは十分ではない、という考えはお持ちだったのですか?

塚本さん
病院の治療は、「対処療法」だという認識はありました。病気が火事だとすると火は消さないといけない。でも、それだけではなく、火事にならない身体にしないと意味がないと思いました。それと、私がガンになった時、すでに父がガンで闘病していました。ですから、食生活などについてリサーチはしていたのです。野菜ジュースや玄米菜食などの情報を、一通りは探しました。それもこれも、ガンが怖くて仕方なかったからです。

小澤
追っ手から逃れるように?!

塚本さん
そう!捕まらないように必死でした。寝ても覚めても怖くて、、、眠っている間はまだしも、目が覚めると「ああ、私は末期のガンなのだ」と思い出すことが辛かった。

小澤

寝ている間は「塚本ふゆみさん」でも、起きるとどっぷり「ガン患者」!?

塚本さん
そうそう。(笑) しんどかったですね。

塚本ふゆみさん 肺ガン・脳転移(4度再発)
初ウイッグ



◆東日本大震災が私を変えた!◆


小澤
そんなにガンを怖がっていた塚本さんが、今、キラキラされているのはどうしてですか?

塚本さん
2011年3月の東日本大震災がきっかけです。

小澤
ちょうど治験を受けるために転院された頃ですね。

塚本さん

心身ともつらく虚ろな私の目に、リアルタイムの津波の映像が飛び込んできました。映像を見ているうちに、私の中でクッ!と変わったんですね。

小澤
何が変わったのですか?

塚本さん
それまでは、「私は死ぬんだ」という意識の海に漂流していた。

ところが、真っ黒い津波が2万人もの人間の命をのみ込む有様を目にして、被災された方には申し訳ないのですが、その中にはめちゃくちゃ元気な人もいただろうし、病気の人もいただろう、明日の予定もあったろうし、そういう人たちの未来が一瞬で消滅した。

翻って自分は?と目を向けた時、「私は今、生きている。ならば、今できることをやろう!」と思ったのです。腐ってる場合じゃない!!

小澤
それまでは、「私は大病を患っていて、治る見込みもない。死ぬだけだ」という意識で日々を過ごしていた。

塚本さん
拗ねていたし、諦めていました。生きているのが苦しかった。生存率の情報を信じていましたから。治ることだけでなく、生きることにも希望が持てていなかった。

小澤
悲惨きわまりない震災でしたが、塚本さんにとっては、病気にエネルギーを注いでいたのが、生きることへエネルギーを注ぐ転換点になったのですね。“病人”を脱皮して、“塚本ふゆみ”を生きていこう!と。

塚本さん
やっと、ガンになったこと、今の状況を受け入れることができました。「どうしてガンになった? どうして?」から「さあ、何をしよう!? 何ができるだろう!?」という思考に切り替わりました。すると、力が湧いてきたんです!


塚本ふゆみさん 肺ガン・脳転移(4度再発)
2011年11月 神戸マラソン出場



◆“素の私”が悲しんでいた◆

小澤
そうなると、病気に対する解釈も違うものになりましたか?

塚本さん
今はもう、ガンを治そうとか思っていないです。ちょっと極端ですが、治ろうが、治らなかろうが、どっちでもいいです。私の人生をどう生きるか!? それだけです。

小澤

では、ガンが塚本さんに伝えたかったメッセージとはどんなことだと思いますか?

塚本さん
ガンになった根本的原因に行き当たるのですが、“素の私”が悲しんでいたのです。

小澤

どうして悲しんでいたのですか?

塚本さん
本当はこうしたい。本当はこう言いたい・・・そういう自分の本心を、認めてあげてこなかった。自己否定がとても強かったのです。

小澤
自分で自分を封じ込めてきた?

塚本さん
「こうしたい・・・いいや、私なんか」 「こう言いたい・・・そんな事を言っては我儘だろう」

気を利かせなければ、、、こうしてあげなければ、、、これこれしなければ、、、

自分を差し置いて、まず相手を喜ばせる。そんな生き方をしてきました。だから、素の私が悲しんでいたんだと思います。

小澤
自分を後回しにして、“空気を読む”ことに徹してきたのですね。忖度までしてたのかな。(笑)

塚本さん
そうかもしれません。(笑) だから、「ふゆみ、あなたそれでいいの?」って、ガンが問い掛けてくれたのだと思います。

小澤
自分を後回しにする生き方には、ルーツがあるのですか?

塚本さん
そうですね、親から受けた教育や社会通念を自分が勝手に、ちょっと不健全な信念として、自分に埋め込んでしまったところがあると思います。私は4人兄弟の3番目で、一人だけ女。兄弟はみな男です。「女の子なんだから、気を利かせないといけない」

小澤
与えられた社会規範を自分にとって健全な価値観に編集しないで、そのまま厳しい掟にしてしまった。

塚本さん
“いい人”になろうとしてたんです。

小澤
そういう自分の生き方に気づかれて、何か取り組まれたことはあるのですか?

塚本さん
まずは散歩をしました。空や土や木や花が、こんなに淡々と美しく気高く生きていることに、見えない力をもらいました。あとは体を動かそうと、走ったりしました。それと、中身が入れ替わったら、私の肉体に変化が起こるのではないかと考え、意識や物事の捉え方など学びました。

小澤
なるほど。ガンにばかり向いていた眼差しを、自分自身へ向けるようになったのですね。

塚本さん
行動の9割は無意識が担っている。それを知った時、面白くて新鮮でしたね。

小澤
具体的には、どんな勉強をされたのですか?

塚本さん

シータヒーリングや統合医療をされているドクターの、セラピスト向け講座を受講しました。無意識にアプローチするロールプレイングなども、体験しました。

小澤
一方で、食に関しても知識が豊富なようですね。

塚本さん
一時期、玄米菜食を熱心にやりましたが、生野菜ジュースを飲み過ぎて体調を崩したりしました。(笑) それから糖質制限、ケトジェニック、ケトン食などを試しました。生きているうちしか、やってみることができないので、わりとすぐ実験してしまうんです。(笑) 今年からは、分子栄養学を学んでいます。

ガンに主導権を握られた食事は、食の本質からズレているように思います。糖質はガンにとって悪だ、という観念に囚われていた時期がありました。私はそれを、自分が主体的になって食を管理していると思い込んでいました。でもそれは勘違いで、ガンがどうなるかの食事だった。体からは、「ちょっとおかしいぞ!」というサインが出ていたにも拘わらず、頭は理屈を優先して、体の声に耳を貸さなかった。

小澤
身体感覚のほうが正直で、脳は時に嘘をつきますよね。

塚本さん
嘘つきますね~。ものすごく、バイアスがかかります。(笑) ガンになったのも、「自分の体はどんなに鞭打っても大丈夫」という、変なバイアスがかかっていたのに、いつの間にか治すコトにも同じスタンスを持ち込んでいました。

塚本ふゆみさん 肺ガン・脳転移

食の本質を意識したら、自分の体に素直になった


◆自分の中にある“泉”の水面を、いかに整えるか◆

小澤
ガンになる前、ご自身の体を酷使されていたのですか?

塚本さん
正規で仕事もしていたので、忙しかったですね。疲れていましたし、睡眠も少なかったです。寝付きはいいのですが、朝起きられない。仕事と家事、子供の世話にフル回転で、眠いのに鞭打ってやっていました。週末に休みはあるものの、子供の行事などでゆっくり休めませんでした。ただ、そもそも自分の思考に、無理をする習慣の根っこがあったと思います。

小澤
セルフイメージですか?

塚本さん
自分を責めていました。自己肯定感が低いから、頑張ることで他者に認めてもらおうとする。

小澤
しかも、上手くできないと自分を責める。たとえできたとしても、他者から評価を得続けないと不安だから、さらにバーを上げて頑張る。

塚本さん
「私はこんなにも頑張っているのに認めてもらえない・・・」という思いが常態化していました。面倒くさい人ですよねー!(笑) 家族からも認めてもらいたくて、必死でした。

小澤
周囲の人は、そんな評価していないのにね。自分で思い込んでいるだけなんだよね。

塚本さん
その通りです。自分が思い描くお手本に辿り着こうと、もがき戦っていました。アドレナリン・ファイターですよ。(笑) 精神的にも不安定で、妙に攻撃的で、妙にネガティブでした。

小澤
その息が詰まるような生き方に気づかせてくれたのがガンだと、今は思えるのですか?

塚本さん
ガンになったばかりの頃に読んだ本に、「ガンになって幸せ」というフレーズがありましたが、「この人、なに言ってんだろ!? そんなきれい事ないわ!」と思いながらも、羨ましかった。その後、学び、体感し、行動をしてきたなかで、「ガンになって幸せ」が実感できるようになりました。

小澤
腑に落ちるようになったのですね。医学的な病気の解釈・・・塚本さんの場合は2年生存率3%・・・だけだと、恐怖が巨大怪獣のようになり、逃げ惑うしかなくなってしまいますが、自分の人生のなかでの腑に落ちる解釈ができると、せめて恐怖は等身大になって、向き合えるし、付き合えるし、乗り越えられる。

塚本さん
自分の都合のよいように捉えていいんだ! 自分が変わることこそが、いま見えている光景を変えるんだ! そう思えるようになりました。恐怖も自分が作っていることですし。

ガンを変えるのは、つらく難しい。それに比べ、自分を変えることは楽で簡単なんです。

小澤
いま、塚本さんが最も大切にしていることは何ですか?

塚本さん
自分を整えることです。イメージとしては、自分の中にある“泉”の水面を、いかに心地よい波の揺らぎにするか!? それを整えるために、食や遊びを選択し、実行する。

小澤
日々の生活での取り組みは、ガンがどうなるかを見据えたものではなく、塚本さん自身の在り様のためであるのですね。

塚本さん
私自身の在り様の一部に、ガンがあろうが、なかろうが、それはどうでもいいのです。

小澤
今日は、お会いできてよかったです。取材のご協力、ありがとうございました。


◆塚本ふゆみさんのブログ「さ、やってみよか」はこちら!


塚本ふゆみさん 肺ガン・脳転移(4度再発)
神戸市の垂水にて 塚本さん(右)と編集長



【追記】

塚本さんが7年前に書いた夢の一つ、「息子の成人式を祝う」 
2018年1月、見事叶いました! おめでとうございます!



【編集長感想】

現在の塚本さんは、画像上、肺に腫瘍はなし。脳には2~3個あるそうでが、周りの細胞達と穏やかに暮らしているそうです。ガンは、言いたいことを伝えた。それを、塚本さんが聞き入れてくれたので、もう大声を張り上げたり、徒党を組んで騒ぐ必要もなくなっているのでしょう。

ガンや震災から物心両面を学んだ塚本さんは、本来の自分の人生物語を進めています。








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