再発・転移・進行・末期のガン対策

ガン体験者との対談

桜井明子さん 骨肉腫 4度の肺転移

生活環境を変えたら、がんが離れていった!
2022年7月 オンラインにて取材

7回目の個人相談から3年。桜井さんは別人になっていました。いや、本来の自分を取り戻した!というのが正確な表現でしょう。現在の桜井さんは、水を得た魚のようです。

(*ご本人の希望で写真の掲載は控えます)



◆骨肉腫と告知されパニックに!◆

小澤
待ち望んでいた桜井さんの体験談インタビュー。ついにこの日がきました。よくぞ、お受けくださりました。

桜井さん
こういう日が来るとは感慨深いです。

小澤
患者会や個人相談で何度もお会いしましたが、初めての個人相談が2018年7月13日。ちょうど4年前です。この時、「病気の記録を見ると病人になってしまいそうなので捨てました」と仰っていました。すごく怯えている様子だったのを覚えています。

桜井さん
たしかに、初期のデータなどは処分してしまったものが多いですね。(笑)

小澤
ではあらためて、病歴を聞かせてもらえますか?

桜井さん
私は生まれつき左脚の股関節脱臼がありました。生後3ヶ月の時点で、ゆくゆくはボルトで固定するなどの処置が必要だろうと言われ、長年にわたり整形外科に通っていました。

小澤
先天性の股関節脱臼だった。

桜井さん
疲れてくるとびっこを引くような具合でしたが運動もできて、小学校の徒競走では選手に選ばれました。さほど不自由さは感じませんでしたが、定期的にMRI検査はしていました。結婚して出産してからは、病院通いはやめていました。

2015年夏に左脚の膝が腫れてきました。長年の負荷で腫れたのかなと、あまり大事に捉えていませんでした。しばらくの間は様子を見ていましたが、近所の整形外科で診てもらったところ骨の異常を指摘されました。骨の中が膨らんでいる。骨の腫瘍の可能性があるから、大きな病院で診てもらうよう告げられました。

小澤
骨の腫瘍かも?と言われたら穏やかではいられませんね。

桜井さん
骨の腫瘍では実績のある名市大病院を受診しました。下半身麻酔で生検したところ、左脚腓骨の「骨肉腫(骨軟部腫瘍)」でした。

主人と二人で詳しく説明を受けました。即座に抗がん剤治療が必要。5年生存率は25%。腫瘍の位置があと1mmずれていたら脚を切断するところだった。腓骨だから手術しても歩けるけど、装具なしでの自力歩行は一生できない・・・そんなことを言われました。

(*現在の桜井さんは、装具は全て処分されています。歩行に装具は必要ないばかりか、ヒールの靴も履き、ゴルフもされています)

ドクターの説明を聞くうちに、気を失わんばかり。座っていられず、横たわってしまいました。パニック状態になり、ドクターの両手を握りしめて「先生、お助けください!!」と懇願したり、診察室を出て母に電話し「私、死んじゃう!死んじゃう!」と泣きわめいて取り乱していました。(笑) このパニック状態はしばらく続きました。

小澤
気が動転しちゃったのですね。その姿、なんとなく想像できます。

桜井さん
ちょうど長女が中学受験で、なんとか合格させようと私も必死でした。睡眠時間を削ったり、いろんなことをガマンしたり、かなりムリしていました。


◆術前抗がん剤、手術、術後抗がん剤・・・肺転移◆

小澤
術前抗がん剤治療はどうでしたか?

桜井さん
抗がん剤のことを調べ、ネットで否定的な動画もいくつか見ました。これはちょっとまがい物の情報だろうと思う反面、不安な気持ちにもなりました。なので、築地のがんセンターにセカンドオピニオン受けに行きました。でも、ガイドラインどおりの治療であれば、どの医療機関でも差異はないことがわかりました。東洋医学など別の医学的アプローチも頭に浮かびましたが、家族や医療関係の知人から、「代替療法にはエビデンスがない。保険で認められている現代医学のガイドラインに従いなさい」と言われました。私も、その通りだと思っていました。

それでも、抗がん剤を始めるときは恐かったです。

小澤
抗がん剤は術前6クール、術後も6クール、やられていますね。

桜井さん
副作用はつらかったですね。吐きました。処方された薬剤で意識がもうろうとするのが嫌でした。とにかく化学物質を排泄しようと水をたくさん飲みました。副作用の症状を訴えるとさらに薬が増えるので、ガマンできる限りは言わないようにしました。

小澤
術前抗がん剤治療を乗り越えて手術ですね。

桜井さん
もうこの脚で歩くのも走るのも最後と思うと悲しくなりました。手術の数日前に、子ども3人と公園に散歩に行きました。昔から私は、ミニスカートにヒールの靴がお気に入りのスタイルでした。歳を重ねても、そのスタイルをするつもりだったので、それを諦めるのも悲しかったです。でも術後、リハビリの先生にヒールの靴が履きたいと言い続けました。「ヒール命ですね」と先生に言われました。(笑)

小澤
桜井さんのアイデンティティの一つなんですね。

手術をされて、術後の抗がん剤。その後、2016年の12月に転院されていますよね。

桜井さん

肺に転移が見つかりました。どうやらもっと早い段階で1ヶ所あったようなのですが、見逃していたみたいです。友人の勧めもあって、がんセンターに転院し、胸腔鏡で取り除いてもらいました。

小澤
肺の転移を告げられたときは、どんなお気持ちでしたか?

桜井さん
どんどん落ち込む一方で、孤独感が増しました。毎日、不安や孤独を紛らわすために楽しいことをするように心がけていました。「大丈夫!大丈夫!」「前向きにがんばっていれば治るよ!」と自分に声掛けしていたものの、肺転移の不安は付きまとっていました。

それまでいろいろ我慢してきたこともあって、翌2017年夏には家族で大好きなハワイに行きました。私の実家の家族も同行しました。ハワイから帰った後、肺の再々発が見つかり、12月に3ヶ所除去しました。年が明けた2018年3月のCTでは、また肺に8ヶ所再発していました。そんなこともあってか、2018年には義理の両親も加わり大勢でまたハワイに行きました。私が再三肺に転移するので、家族は行けるうちに行って望みを叶えてあげようという気持ちだったかもしれません。

小澤
いろいろ我慢していた?

桜井さん
時間もお金も自分の為に使うことはなかったですね。やりたいこともセーブしてきました。3人の子どもの世話と家事で慌ただしく過ぎて行く日々でした。

小澤
自分を犠牲にしようとは思っていなかったかもしれないけど、そうせざるを得ない時期もありますよね。


◆3年連続の再発・・・このままでは死んでしまう◆

小澤
僕のメモでは、2018年の再発が判った時に転換点があったと記してあります。

桜井さん
取っても、取っても、またがんが出てくる。「このまま病院の言うとおりだけにしていたら死んでしまう」と思いました。以前から調べていた「いずみの会」に、塾(お子さんの通う)の駐車場から泣きながら電話しました。副代表の斉藤さんが電話口に出られ私の所在地を聞き、「近くだから(会の事務所に)おいでよ」と言ってくれました。

小澤
斉藤さんが当番だったんだ。

桜井さん

2日続けて行きました。がんが治っている人がたくさんいること。イメージの持ち方など親身に話してくれました。

小澤
今までとは違うアプローチの必要性を感じたようですね。

桜井さん

この間、何人かお友達ががんで亡くなってしまったこともありました。主治医の表情に悲哀が滲んでいるように見えたし、だんだん手立てが無くなってきたというニュアンスの発言もありました。

小澤
手詰まり感があったのですね。

桜井さん
病気になってからたくさん本を読むようになりました。自分の体と心の扱い方、自分自身をマネージメントすることの大切さ、心の中の本当の自分と出会うこと、アドラー心理学で対人関係など勉強するのが楽しかったです。いずみの会で紹介された本は片っ端から読みました。

小澤
それはすごいね。

桜井さん
お友達が主催してくれたメキシコ人のホロスコープのセッションでは、「人生は本当の自分に近づいていくことなんだよ」と教わりました。学んだことがすべて繋がっていきました。

小澤
けっこう迷われたけど、11月に小開胸手術を受けられた。

桜井さん
もう手術したくない気持ちと、どうしようという気持ちと揺らいでいました。寸前になって病院から逃亡もしました。(笑) 今回は胸腔鏡ではなく小さな範囲ですが開胸でした。これは痛かったですね。しかも「次に再発したら手立てが無い。2年持たない」と言われました。


◆4度目の再発、そして、がんから自分を引き離す◆

小澤
現代医学一辺倒ではなく、自分を体と心をマネージメントすることを学ばれました。具体的にどんな事に取り組まれましたか?

桜井さん
禁酒、糖制限、漢方薬、ローリング療法、気功(東京)、サイモントン療法、催眠療法、お灸などやりました。リボーン洞戸にも行きました。日常から離れるよい時間でした。

小澤
しかしながら、2019年の7月にも再発が判明してしまいました。

桜井さん
4年連続です。この時は9月にラジオ波治療を受けました。でも、どうしたら再発から逃れられるのか・・・? 一方で、死の恐怖は薄らぎ、初発時のようにパニックを起こすことはなくなっていました。死んだらどうしよう!と怯えていた状態から、誰にも必ず訪れる死を必要以上に怖れなくてよいと思えるようになってきました。

小澤
覚えてるかな?「毎年、秋が来るのが嫌だ」と言っていました。学生の頃から細木数子さんの本を読んで、10月頃から大殺界だと思い込んでいるところがあると告白されましたよ。(笑)

桜井さん
そうそう。そんな思い込みしていましたね。(笑) なぜか10月頃から体調が悪くなったり、がんの治療もその頃でした。大殺界はもう忘れました。(笑)

小澤

とにかく個人相談をしていて「がんから逃れなきゃ!」という意識が強すぎるように感じていました。再発を繰り返しているから、もちろんその気持ちは当然だけど、スマホの待ち受け画面ならぬ脳の待ち受けが全面《がん》になっている。がんに囚われ、がんに人生の主導権を握られていると思いました。治し方は人それぞれで、コツコツ療法に取り組むのが合っている人もいますが、それって本来の桜井さんのスタイルとはちがう気がしました。

桜井さん
がんになる前の生活も、自分のスタイルではなかったように思います。出産後、自分の意志で退職しました。家族の幸せに貢献できる喜びを感じていました。しかし、妊娠前の仕事で国内外を飛び回っていた自分主体の感覚から知らず知らず遠ざかっていました。いつの間にか勝手に「妻として、母として~であらねばならない」という専業主婦像を作り上げ、自分に課していたように思います。

小澤
最後の7回目の個人相談(2019年9月)では、妄想話をしましたよね。

「海外+ビジネス」 桜井さんはそういう環境に身を置けるといいね。例えば、自分のがんでいろいろ学ばれたから、大好きなハワイやカナダ在住の会員さんの所、海外のリトリート施設をリサーチして、それを日本の患者さんに紹介してマッチングさせるのなんか面白そう。

桜井さん
はいはい。そんなお話して、テンション上がりました。(笑)

小澤
その話をした直後だったでしょ。あれが来たのは。

桜井さん
そうなんです! 想像通りのことではなかったですが、夫を通してシンガポールからオファーがありました。ビジネスの場は国内ですが、それから夢中でその仕事に没頭しました。見事に病気のことを忘れました。

仕事のことで夫と意見が食い違うこともあって、その仕事から手を引くか?みたいな局面になった時、「今やめたら、病気のことしかやることないもん!」って口にしていました。がんのことを忘れさせてくれるために仕事が回ってきたんだなと思い、夫にも感謝しています。

小澤
それはよかった!! 


◆自分本来のスタイルを取り戻す!◆


桜井さん
生活が主婦業だけで全て自分で時間のやり繰りできる環境だと「まず病気を治すこと」に意識が向いて行動してしまう。でも、報酬が発生する仕事を任せられたことでエネルギーのベクトルが変わりました。

小澤
よいタイミングでよいオファーがありましたね。実はその後すぐにコロナ禍になっちゃったから、それでビジネスが停滞したら、またがん治しに戻っていないかと案じてもいました。

桜井さん
そうなんです。でもコロナ禍でも強気に展開していって、順調に伸びています。

小澤
この7年間に経験した病気やビジネスから、何か学びになったことはありますか?

桜井さん
思考が現実をつくる。心の状態が現象に影響する。そして、世間の目よりも自分がどう感じるかを大切にできるようになりました。

小澤
他者基準、自分基準は人によって濃度がちがうと思うけど、桜井さんは自分基準の重要度が高い人なんじゃないかな。だから、自分基準を抑え込んでしまうとその反動が大きく跳ね返ってくるタイプに思えます。

桜井さん
あー、なるほど。だからか、夫に対してすごく自分の意見を言うようになりました。それまでは、夫を立てる可愛い奥さんをしようとしていました。ときに夫が傲慢に思えるのも、それは私の意識が反映されているのだと気づきました。

小澤
本音と建前ってありますよね。とくに日本の社会は他の文化より際立っているとも言われます。使いようによっては潤滑油にもなるが、異なる意見を出しにくい社会でもあります。しかし、桜井さんにはそういう社会環境はストレスが大きいのではないですか?

桜井さん
私はこれまで、家庭でも仕事でも自分の意見を自由に発言できる環境にいたように思います。ママになってからのコミュニティでは、日本では海外よりも強く意識される世間体や同調圧力をより肌身で感じました。

小澤
日本は議論を戦わせるより、まだまだ全員の同意を求めて物事を進める傾向がありますよね。それによって、スピード感に欠ける、同調圧力で意見が言いにくい、周りを気にし過ぎる、などの弊害になってしまうことがあります。ともすると、意見の相違が人間関係に及んでしまうこともある。

桜井さん
ひとたび一つの事柄で意見が違うだけで排除というか、人格そのものと捉えられたり、人付き合いに影響する場面が多いように感じます。

小澤

社会環境と自分の在り方、やり方にギャップがあったのですね。でも桜井さんは、からだ、こころ、生活環境を変えてこられました。そして自分本来のスタイルを取り戻した。それが現在の状態に至っていることが、よくわかりました。

桜井さん
これからも新たな仕事に挑戦していきたいです!(笑)

小澤

いいですねー!! 益々のご活躍を期待しています。






【編集長感想】

とにかく、迫り来るがんや死の恐怖に追いつかれないように必死に逃げている。お会いしたての桜井さんの印象です。再発を治すため、再発しないため、熱心に勉強し療法に取り組むんでいました。でも途中から、なんとなく桜井さんの実像とかけ離れているように思えてきました。

病気治し中心の生活も、前時代的な専業主婦像も、桜井さんのスタイルではなかったのです。

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