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再発・転移・進行・末期のガン対策

ガン体験者との対談

「肺がんステージ4B 生還から学んだ、ゆだねる生き方」刀根健さん

ガン患者会 NPO法人いずみの会 定例講演会ダイジェスト
2022年4月2日 尾張一宮駅iビル 大会議室にて

「肺がんステージ4B 生還から学んだ、ゆだねる生き方」刀根健さん
刀根健さん


*刀根健さんの取材記事(
2019年12月)はこちら!


【病歴】

2016年9月に肺腺がんが見つかる。すでにリンパや骨への転移があり、ステージ4と診断。手術、放射線は適用外で薬物治療(抗がん剤、分子標的薬)での治療を勧められる。

現代医学では治療法が限られていることを知り、自分でできる様々な健康法の情報を入手し、次々とトライしていく。食事療法、自強法、陶板浴、漢方、サプリメント、水・・・大学病院からは特定遺伝子EGFRが陰性のため、通常の抗がん剤治療を勧められる。他に治験の提案もあったが、コンピューターが3つの治療グループにランダムに振り分けるやり方が実験動物扱いのように感じられ断る。セカンドオピニオンも得る。この間、脳への転移も示唆された。

様々な療法に取り組むものの、刀根さんのがんは進行し転移部位も広がっていく。2017年6月、左肺の原発巣は増大。右肺にも数え切れないほどの多発転移。リンパ、肝臓、脳、全身の骨・・・両眼にも転移。

病状が悪化した刀根さんは医師の強い勧めもあって入院する。検査によって、肺腺がんの4%にしか出現しないALK遺伝子が50個すべての細胞に認められ、適合する分子標的薬治療の対象となった。服用を始めて20日、全身のがんはほぼ消滅する。現在も分子標的薬は継続して服用中。


(*)刀根さんは遺伝子検査の結果、適合する分子標的薬によって劇的にがんが消えました。ただし、その状態を維持するのは薬だけではできません。なぜなら、他のがん遺伝子がONになったり、がん抑制遺伝子がOFFになれば再発、転移、さらに新たながんが発生することもあるからです。

いずみの会としては、「どうして刀根さんは全身転移の肺がんを消して、その状態を今も維持しているのか?」についてお話を依頼しました。



「肺がんステージ4B 生還から学んだ、ゆだねる生き方」刀根健さん
久々のリアル講演会 50名のご参加、ありがとうございました



◆僕は特別ではありません◆

はじめまして。刀根健と申します。今日はお呼びいただきありがとうございます。皆さんとこうやってお会いできるのは、僕にとって大きな喜びです。

2016年9月に肺腺がんステージ4Bと診断されました。5年前の僕は、体がだるくて起き上がることもままならない状態でした。骨転移であちこち痛くて、とくに左の股関節と左右の鎖骨。椅子に座るのも痛かった。歩くのも一苦労。階段が上れない。すぐ息が切れる。しゃべると痰がからみ咳こむ。右目が視野欠損した時は、脳転移ではなく緑内障だと思い込みたかった。そうこうするうち、自分の名前やひらがなが書けなくなってしまいました。
それくらい全身に転移したがんですが、今はもうありません。

この会場には、当時の僕に近い状況の人がいらっしゃるかもしれません。これからどうなってしまうんだろう。大丈夫・・・いや、どんどん悪くなるかも・・・。気持ちがジェットコースターのように上がったり下がったり・・・。僕も経験しました。でも今、こうやって生きています。僕は特別な人ではありません。皆さんと同じです。僕に起こったことは、皆さんにも起こり得ます。もし僕が特別なら、皆さんひとり一人も特別です。全てはプロセスです。過程です。自分が治っていくプロセスの途中にいることを確信してください。5年前の僕は、この場に立って、いずみの会の皆さんの前でお話するなんて想像すらできませんでした。

僕は千葉県に住んでいますが、がんになってすぐ調べていずみの会のことは知っていました。「どこにあるの? 名古屋かぁ~。なんで関東じゃないんだ~!」 皆さん、すごいラッキーですよ。こういう集まりに足を運べるんですから。当時、生還者の情報を支えにしたかった。でも生還者に会いたいと思ってもなかなか情報や機会がありませんでした。「ガンの辞典」(webサイト)の生還者の記事も読みました。なんとか生還者に会えたのは、寺山心一翁さんのセミナーに出たときくらいです。生還者に会うことは、治っていくプロセスの途中にいることを確信しやすくなります。


◆がんに真っ向勝負を挑んだ!◆

2016年に診断されてから、死にたくない!死にたくない!死にたくない!と、がんに戦いを挑みました。危機に遭遇したときの対処の仕方は、それは僕の性格そのもので、これまでも“戦いのプログラム”で人生を乗り越えてきました。ボクシングのトレーナーとして選手を育てたのもその一環です。研修コーチとしての仕事も常に戦いモードでした。

なぜ戦ってばかりいたかというと、そのように育てられたからです。養育環境から戦いのプログラムをインストールしてしまったのです。どういう親に、どう育てられたかによってインストールされるプログラムは異なります。ですから「私は○○な人です=私は○○なプログラムで生きています」という図式になります。生まれたときの赤ちゃんは真っさら。成長とともにプログラムが組み込まれていきます。

どうやったら親に愛されるか? どうやったら親に受け入れられるか? どうやったら親に認められるか? どうやったらこの世という環境で安心安全に生きていけるか? それがサバイバルプログラムとして身に付きます。それが生まれつき備わった性格と思ってしまうのです。愛着の不足を補おうとする性格(エゴ)が歪むと、生き方の歪み、エネルギーの歪み、思考の歪み、生活習慣の歪みを形成し、病気を引き起こしてしまいます。

僕が専門にしている交流分析に「人を駆り立てる5つの拮抗禁止令(~しろ!)」があります。

1.完璧にしろ
2.満足させろ(他人を喜ばせろ)
3.努力しろ
4.強くなれ
5.急げ

僕の場合は父親から常々、「そうじゃない。あれが違う。これが違う。もっとこうやらないとダメだ。こんなふうに努力しなさい・・・」必ずケチをつけられました。父親は愛情のつもり、愛の鞭のつもりだったのでしょうが、僕にとっては「何をやっても、自分ではちゃんとできたつもりでも、ダメ出しされる」 だから僕は何をやるにも完璧の完璧を目指すよう自分を駆り立てる生き方になったのです。でも常に完璧になんて出来ないので、厳しい言葉を遠慮なく自分に浴びせることになります。

こんなに人の為に尽くしているのに・・・
人の何倍も努力しているのに・・・
弱音を吐かずに頑張っているのに・・・
これだけの仕事を誰よりも速くやっているのに・・・

父親ではなく、いつしか自分が自分にダメ出ししているのです。これではいくらやってもキリがありませんから破綻します。


◆恐怖や戦いのモードで体に良いことをやっていた◆

病気になったら原因に気づいて、それを手放すこと。これを手放さずにそのままのプログラムでいくら体に良いことをやっても、エネルギーは下がります。恐怖や戦いのモードで、人参ジュース飲んだり、食事を変えたり、いろんな療法やっても、僕は良くならなかった。体を良くすることは大事ですが、それ以上にどういう意識で向き合うか? そこが最も重要だと思います。僕は9ヶ月間、恐怖モードでサバイバルしようとしていたのです。恐怖モードのポジティブシンキングは役に立ちません。ネガティブへの振り幅も大きくなってしまうのです。絶対治すんだ!⇔もうダメかもしれない!

僕がそのモードから抜け出したのが、本(『僕は、死なない。』)にも書いた「サレンダー(明け渡し、おまかせ、ゆだねる)」でした。とにかく命がけで戦いを挑んだけど、もう呼吸が止まりますよってところまで来てしまった。そこでどんな感情になったかというと“解放感”でした。絶対がんに勝つんだ!と沸騰するほど圧を強めてがんばったのに通用しなかった。サレンダーした瞬間、まるで圧力鍋の蓋がポンっとはじけ飛んだようでした。

その時、僕は一度死んだのです。エゴというプログラムが死んだのです。「生きているうちに死になさい」という諺があります。何が死ぬか?というとエゴが死ぬのです。子どもの頃からインストールされたプログラム~「完璧にならなければ社会や組織から受け入れられない!」「役に立つ人間になれ!」「可愛がられる人間になれ!」~が、パァーン!と外れたのです。プログラムが外れた後には初期化された僕がいました。「おまかせします」という心境でした。

診察結果を聞いた息子は、「もう楽しむしかないね」と言いました。まさに全てを「おまかせ」して残った時間を楽しもうと思いました。そうしたら急にワクワクしてきました。どんな時でも楽しむことは出来ます。それを選択するかしないかは自分次第です。


◆大切なのはどの意識レベル(周波数)にチューニングするか?◆ 

なぜ僕が5年経過してがんが消えている状態を維持しているのか? 端的に言うと「毎日、機嫌良く生きている」だけです。それ以外ないです。シンプルです。そして思考しない。思考しないとは過去のデータで今を生きないということです。例えば、脳に焼き付けられた主治医の怖い物言いや顔つき。その言葉と映像を再生するのが思考です。再生すればするほど焼き印が濃くなっていきます。それを自分でしてしまう。がんであること、病人であることを強化してしまいます。「機嫌良く生きる」 それともう一つは「愛と感謝」です。


17の意識レベル


この表はデイビッド・R・ホーキンス博士の研究による「17の意識レベル」です。2万人以上の感情のエネルギーレベルをキネシオロジーで測定したものです。

1~9がプラスのエネルギーレベル。10~17がマイナスのエネルギーレベルとされています。チューニングするとは、自分をどの意識レベルにセットして生きるか!?といういことです。


がんは本当の自分に目覚めなさい!という魂のメッセージだと思います。本当の自分を生きているのか? がんはそれを問うています。プログラムを外した本当の自分は思考ではなく感性、直感です。思考でがんを治すことが決して悪いとは言いません。それで上手くいく人もいるでしょう。しかし、その方法で思った成果に至らないなら、思考を手放すというアプローチもあるのです。がんという形で現われた課題の本質は、「あなた、その生き方でいいの?」なのです。魂のメッセージは自分の内なる声と環境(出来事)からの2WAYで届けられます。直感で判断するとは、そのメッセージに抵抗しないことです。

望む意識レベルにチューニングができるようになるのは練習が必要です。エゴはサバイバルプログラムなので、常に“問題”にフォーカスします。問題とは人生において“足りない部分”です。それを解決しようとエゴが働く。問題を解決するのにエゴは役に立ちます。しかし、エゴは道具なので、それ自体が人生をドライブさせる主体になってしまうと不具合が起きます。

自動車に例えるなら、運転操作をエゴというナビゲーションに仕切られてしまって、あなたが運転していない状態です。そしてエゴのナビは過去に通り慣れた道しか走らないのです。その道を何度も走っていると健康を壊すことになっても、エゴが操作している限り同じ道を走り続けます。

僕は、がんになる前の自分と比べると1000倍も幸せです。前の自分がどんなだったか思い出せないくらいです。今の僕は、愛と感謝に溢れるアホです。(笑) アホになると、いま生きているという奇跡にフォーカスできます。

先週大阪で出会った乳がんの方は、標準治療を拒否して代替医療で治そうとしていました。でも胸水が溜まって全身状態が悪化し救急搬送された。病院では胸水抜いてもあと3日~1週間持つかどうかと言われた。その時、この方はサレンダーされた。おまかせして現代医学の治療を受けた。麻酔から醒めると、この世界は愛に溢れているという感覚になったそうです。医師と看護師さんにも感謝の気持ちでいっぱいになった。そうしたら1週間後、がんが消えてしまった。アニータ・ムアジャーニさんの『喜びから人生を生きる』にも同じような体験が記されています。大学病院での記録ですから科学的にも裏付けのある実話です。

このような変化が起きる可能性は誰にでもあるのです。この方のように1週間という超短期でなくとも、数年を経て変化することもあるのです。


◆チューニングのトレーニング法◆

では先ほどのホーキンス博士の上位の意識レベルに周波数を合わせるにはどうしたらよいか? 方法をご紹介します。

(1)常照我(じょうしょうが)
エゴを分離するトレーニング法です。エゴを客観視する。常に自分のエゴを照らして、自分のエゴを見張る。ネガティブな言葉やネガティブな思考がわき起こってきた時にエゴがしゃべってるなと見張る。このエゴに名前を付けておくと客観視しやすくなります。だいたいがエゴは子どもの頃の自分ですから、否定せずに「よし、よし。大丈夫」と言ってあげる。出てくる度に繰り返しやってください。

(2)呼吸法 下の言葉を唱えながら「吸う:吐く」をする
①こんにちは(吸) さようなら(吐)
②ありがとう(吸) 感謝します(吐)
③ありがとう(吸) お疲れさま(吐)
④ありがとう(吸) 愛してます(吐)

自分の心地よい周波数で生きていきましょう!

ご清聴ありがとうございました。


*NPO法人いずみの会 公式サイトはこちら!

*NPO法人いずみの会 ブログ



*刀根さんのがん体験の詳細はが書かれている書籍

『僕は、死なない。』






【編集長感想】

刀根さんの体験談を聴かれて、「結局、適合する薬が効いてラッキーだった」「私は遺伝子検査しても適合する薬がなかった」という反応をされる方もおられます。心中お察しします。

しかし前述したように、寛解・治癒状態を維持するのは外部からの医療だけで為し得ません。本人のがん遺伝子、がん抑制遺伝子、免疫、慢性炎症などの体内環境が大いに関係してきます。刀根さんの場合、「ゆだねる生き方」が物理的にも体内環境を変化させていると推測されます。



「肺がんステージ4B 生還から学んだ、ゆだねる生き方」刀根健さん
刀根健さん(右)と編集長




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