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再発・転移・進行・末期のガン対策

ガン体験者との対談

宮川信清さん 食道ガン・肺転移(発症時63歳)

命を生かす!
2018年6月 神戸市垂水区にて
誰にでも出会いのチャンスはあるのですよ。ただ、それに気付くかどうかなんですよ。チャンスを逃してしまう人は、時間がないとか、遠くて行けないとか言われるんですが、それは、できない理由ではなく、やらない言い訳をしているだけです。心の内で、やらないと決めているだけなんですよ。


宮川信清さん 食道ガン・肺転移(発症時63歳)
宮川信清さん(左)と編集長



◆首のしこりは食道ガンの転移だった!◆

小澤
昨年12月、岡山でお会いして以来ですね。今日は詳しくご体験をお聞かせ頂けるとのことで、ありがとうございます。

宮川さん
こちらこそ、宜しくお願いします。

小澤
宮川さんは、食道ガンでしたよね。

宮川さん
2011年の6月2日に、ステージ3aの食道ガンと診断されました。その2年ほど前だったと記憶していますが、焼き肉を食べて喉に詰まらせ、病院で診察してもらったことがありました。その時は、特に異常ありませんでした。喉元あたりを視診しただけで、奥の方は診ませんでしたけどね。それから1年経った頃、声が嗄れだしました。

小澤
声が出にくくなった。

宮川さん
しばらくは放っておいたのですが、どうもおかしいので、耳鼻科を受診しました。反回神経麻痺、いわゆる声帯の麻痺で原因不明、治療法はないと言われました。私、コーラスをやっていたのでショックでした。とりあえず、ビタミンB12を処方されましたが、合点がいかないので、セカンドオピニオンに行きました。

小澤
診断に納得がいかなかった。

宮川さん

別の耳鼻科で診てもらうと、首の右側にしこりがある。ドクターは、急いで検査をする必要があると判断し、生検が行われました。

小澤
その場で、すぐ組織を採取するくらいの状況だったのですね。

宮川さん
2日後に結果が出るから、午前の診察が終わった休憩時間に来てくださいと言われました。

小澤

診察後・・・それだけで、嫌な感じですよね。

宮川さん
診察室に入ると、ガンの可能性が高く、最も悪性度の高いクラス5だと告げられました。せめて3くらいならなぁ、とドクターは呟きました。神戸大学病院に紹介状を書いてくれましたので、すぐ訪ねました。

小澤
ガンの疑いが濃厚になって、どんなお気持ちでしたか?

宮川さん
インターネットで調べると、最悪のケースが事細かに書いてある。しかも、私の症状に一致しているので、途中で調べるのをやめました。(笑)

小澤
この時点では、まだ食道が原発とは確定していなかった?

宮川さん
大学病院で詳しく調べて、判明しました。首のしこりのサイズは2.7cmで、食道ガンの転移でした。かなり広範囲に郭清する手術が検討されました。医者をしている友人に問い合わせると、体力勝負との返事でした。

小澤
食道ガンの手術は難しいようですね。早く食事が摂れるようになるといいらしいですが。

宮川さん
ところが、最終的に手術はできないという判断になりました。ガンが大動脈の近くまで達しているので、万が一血管を傷つけてしまうと即死です・・・と。それで、地元の医療センターに転院しました。

宮川信清さん 食道ガン・肺転移(発症時63歳)


宮川信清さん 食道ガン・肺転移(発症時63歳)
神戸大学が説明用に用意してくれたイラスト



小澤
姫路の病院に転院された。

宮川さん
そこでも、やはり手術はできないという見解でしたので、「放射線と抗ガン剤でいきましょう」と言われました。治療しなければ半年。上手くいって1年。

小澤
当初から、延命目的の治療ということだったのですか?

宮川さん
ただそう言いながらも、主治医は「完治を目指す」という言葉を口にしました。

小澤
それを聞いて、宮川さんはどう思われたのですか?

宮川さん
自分で考える余裕はなかったです。でも、その言葉は支えになりました。「そうか!治るのか!」

小澤
診断の重大さに打ちひしがれ、医者の言うとおり従うしかなかった。でも、そのドクターはよかったですね。「治りませんが、やってみますか?」なんて、希望を持てない表現で決断を迫られるケースも少なくないですから。


◆放射線と抗ガン剤を同時に!◆

小澤
実際の治療はどうだったのですか?

宮川さん
抗がん剤治療と放射線治療を、同時進行でやることになりました。

小澤
同時進行? 抗ガン剤投与しながら、放射線も照射するということですか!?

宮川さん
はい。ギャンブルといったら何ですが、当時の西洋医学としては切り札的な治療だったのだろうと思います。抗ガン剤2剤混合液を24時間×5日間(120時間)持続点滴。これを3週間の休みを入れながら4回。放射線は合計38回。

小澤
持続点滴しながら、放射線当てたのですか!?

宮川さん
そうです。毎日、治療の予定をノートに書き込み、消していきました。副作用もありましたし、治療の終了が待ち遠しかったです。

小澤
ということは、4ヶ月ほど入院して治療に専念されたのですね。入院中は、どんなふうに過ごされたのですか?

宮川さん
仏像や美術館の写真集を好んで見ていました。行きたいなぁ、と思いながら。

それと、毎日の楽しみは、新聞でした。治療の週は、体がしんどくて細かい字が読めませんでした。大きな見出しを読むのがやっとだった。そのうち、一通り目で追えるようになり、3週間の休薬中はヒマなので、関心のある記事を切り抜いてスクラップブック作りを楽しんでいました。


宮川信清さん 食道ガン・肺転移(発症時63歳)
入院中、楽しみにしていた新聞の切り抜き


小澤
どんな記事に関心があったのですか?

宮川さん
私は理科の教師をやっていましたから、環境問題や教育問題です。

小澤
それが入院生活の楽しみだった?

宮川さん

ええ、病気が良くなったら取り組みたいことが環境問題でした。食、水、添加物、自然保護というテーマで、活動しようと思っていました。

小澤
宮川さんは入院治療中から、ガンが良くなった先にやりたいことをイメージしていたのですね。


◆病室仲間~カルテット~に助けられた!◆

宮川さん
入院して同室になった3人には、救われました。同年代の男たちですが、ガン患者としては先輩です。入室して最初にこう声を掛けられました。「宮川さん、ガンはすぐには死なへんで。交通事故のこと考えたら、ましやで」・・・なるほど、そうか!と思いました。

小澤

先輩方から死生観を教授された!?

宮川さん
「半年もあったら、まだ時間あるじゃない!」 なんか安心しました。(笑) 

小澤
とりあえず、落ち着けたわけですね。

宮川さん

そのうちの一人が、しきりにノートに何か書いている。何を書いているのか訊いたら、身辺整理。大事な物を、誰に上げるか書き残している。それを書いていると、気持ちが落ち着くのだそうです。

小澤
病室では、4人でどんなお話をされていたのですか?

宮川さん
話題は、どんなふうに死んでいくか。4人のおっさんが、死ぬ時はどんなんだろう?とか、語り合っていました。

小澤
すると、死に対する恐怖心は・・・

宮川さん
ないです。

小澤
ガン患者さんの最大の恐怖は、ガン=死、とどのつまりは死の恐怖ですよね。死が恐怖である限り、ガンは恐怖。その恐怖が、治ることや、治療の選択の足を引っ張ることがあります。

宮川さん

告知されてからは、治療できるのかどうかわからないし、通常の食事は摂れないので缶に入った液体の栄養剤を1日4~5本飲まなければいけないし、生きているものの生きた心地がしませんでした。それが、入院して死ぬ話をするうちに、自分を取り戻せました。

小澤
医師の支えになる一言、病室の患者仲間との死のトーク・・・どこでどんな出会いがあるか、わかりませんね。

宮川さん
誰にでも出会いのチャンスはあるのですよ。ただ、それに気付くかどうかなんですよ。チャンスを逃してしまう人は、時間がないとか、遠くて行けないとか言われるんですが、それは、できない理由ではなく、やらない言い訳をしているだけです。心の内で、やらないと決めているだけなんですよ。

小澤
今までお会いした治った人は、ほぼ皆さん、運命的ともいえる偶然の出会い(人、情報、事)をキャッチしています。キャッチするのと、スルーしてしまうのと、その差は何なのか? 僕は《素直》じゃないかと思うんです。他者の意見に素直なのではなく、曇りを取り払った自分の感性に素直、なのだと思います。そして、そういう出会いを受け身で待っているのではなく、掴みに行く。

宮川さん
私も含めて3人は元気に生き延びていまして、今でも時折会って食事をしています。Oさんが肺と食道のガン。Nさんは血液と肺のガン。私とOさんのガンは消えていて、Nさんは共存しながら元気です。会って食事しながら、「私ら、よう生きとるな」と話すんです。(笑)

後日、Oさんが入室してきた私を見て、「宮川さんが一番ひどかった。2ヶ月もたないだろう」と奥さんとひそひそ話したと、教えてくれました。(笑)


小澤
すごくいいチームですね。(笑)

宮川さん
毎日楽しかったですよ。そうそう、看護師さんは誰が可愛いとか、男トークもしていました。(笑)

宮川信清さん 食道ガン・肺転移(発症時63歳)
宮川さんはこまめに日記をつけられていました


◆治療が功を奏する・・・も、再発転移、、、それでも命を生かす!◆

小澤
4ヶ月の入院治療の結果は、どうでしたか?

宮川さん
ガンは、ほぼ消えました。

小澤
抗がん剤と放射線で効果が得られた。その後は、何かフォローの治療をされたのですか?

宮川さん

1年間、遊びました。美術館巡りをしました。東京にも行きました。西洋美術館、国立博物館・・・。

小澤
入院中に写真集を見ていた美術館ですね。

宮川さん
そしたら1年後、右の肺の上葉に0.9mmのガンが見つかりました。

小澤
肺ですか!?

宮川さん
ショックでしたね。すぐさま、前回と同じ抗ガン剤治療と2クールやりましたが、1cmに大きくなったので、余計にショックでした。主治医に、体力がもたないから抗ガン剤治療を止めたいと申し出ました。私の体力が低下しているのを考慮して、主治医も中止に同意してくれました。

小澤
1度目は効いた抗ガン剤が、今回は奏功しなかった。

宮川さん
そこで、外科医をしている高校時代の友人に意見を聞きました。すると、「ガンが散らばってなくてラッキーだ」と手術を勧められました。肺にメスを入れるのは、ちょっと怖かったですが、自分から手術を申し出ました。執刀してくれた医師は、原発の肺ガンなら摘出で完治。食道ガンの再発転移だと完治は難しい・・・。

小澤

どちらだったのですか?

宮川さん
食道ガンの再発転移でした。2013年9月に手術を受け、10日で退院となりました。とくに追加の治療はなく、その後は経過観察だけでした。

小澤
再発転移となると、宮川さんとしては心穏やかではありませんね。

宮川さん

そこからですね。食を研究したり、香気浴(還元ルーム)に通ったり、健康を意識するようになったのは。

小澤
再発転移予防のために、養生を心がけるようになったのですね。

宮川さん
いや、また再発や転移したら、その時はその時だ! 信頼のある医者に任せようと思っていました。再発転移を避けるためではなく、健康でいることを目指しました。

小澤
なるほど、再発転移を避けるための養生ではなく、健康でいるためにやるほうが、前進感があっていいですね。

宮川さん
音楽をやりたかったのですよ。声がしっかり出ないのでコーラスは難しいから、クラシックギターをマスターしようと思いました。友人にプロの奏者がいたので彼に選んでもらい、購入しました。教則本を買って独習です。音楽の基礎はコーラスで学んだので、それが役に立ちました。最初は、重くてギターを抱えるのも一苦労で、10分弾くのがやっとでした。

小澤
どこかで演奏を披露することを、お考えだったのですか?

宮川さん
医療機関やガン患者会、子ども病院などでボランティア演奏できたらと思っています。

小澤
初回の入院中も環境や教育問題の新聞記事をスクラップして、よくなったら活動したいと仰っていました。宮川さんは、常に生きる目的を見据えていますね。

宮川さん
ただ生きてるだけじゃ、仕方ない。せっかくの命を生かさないと! 「命を生かす」という言葉を広めたいですね。機会があれば、「命を生かす」についての考察をお話したと思っています。

小澤
現在は、どんな活動をされているのですか?

宮川さん
患者会で私の体験をお話しています。それから、子ども達の勉強支援。不登校の子の勉強を手伝うなどしています。ギターは演奏する機会を頂ければ、弾きますよ。(笑)

小澤
素晴らしいですね。今日は本当に、ご協力ありがとうございました。



【宮川さんが感謝する出会い Special Thanks!】

*腫瘍を見つけてくれた耳鼻科開業医さん

*医療センターのドクター、看護師さん
主治医のY先生は、入院中毎日ベッドサイドまで来てくれた。週末も土日のいずれか、顔を見に来てくれた。退院後の通院の度に口にしてくれた「宮川さん、食道ガンの最長記録更新ですよ」という言葉に励まされた。

*高校の後輩Yさん
頻繁にお見舞いに来てくれた。

*高校の同級生Y君

外科医で、肺の転移の治療についてアドバイスをくれた。

*幼稚園から高校までの同級生S君

奥さんのガン経験から、いろいろアドバイスをくれた。抗ガン剤の副作用で食欲がない頃、美味しいプリンを持参してくれた。

*還元香気浴エコリのHさん、スタッフのNさん
体調回復の助けになった。スタッフのNさんはガン経験者で、語り合えてよかった。

*入院中同室のNさん、Oさん(本文中紹介)


*現役時代の職場の親友Nさん
家のことや体のことを気遣ってくれた。

*医療センターのエレベーター内で出会った患者さん
抗ガン剤の副作用のしゃっくりに悩まされていた。エレベーター内でぼやいていたら、「柿の蔕水(へたを煎じたもの)」を教えてもらう。医療センターにあり飲んだところ、しゃっくりが軽減した。

*職場の管理職
入院中に休暇のことなどで関係機関に出向き、交渉してくださった。

*T小学校の子供たち
入院中に励ましの手紙をくれた。「先生、また一緒に給食を食べましょう」「勉強を教えてね」

*最後の職場の同僚5人
今も2ヶ月の1回のペースで食事をする楽しい仲間達。

*経絡マッサージ&鍼灸治療院の皆さん
退院後、治療の後遺症で自力歩行もままならなかった。週に1回通院し、杖なしで歩けるようになった。食事の指導もしてくださった。

*近所の人たち

散歩の際に励ましてくれた。町内清掃などでお世話になった。

*喫茶Bのマスター&スタッフ一同
近所の喫茶店に毎日モーニングを食べに行く。指定席があり常連客と談笑。

*同病者のMさん
毎朝、メールのやりとり。

*がん患者会 花みずきの会
毎月、情報交換し元気をもらっている。



【編集長感想】

宮川さんご本人の分析では、ガンの原因はストレスと飲酒。勤めていた学校はかなり荒れていた。教師という一種の職業病で、人の悪い所、欠点が目について正そうとする。常に上から目線だった。2年前にアドラー心理学と出会い、もっと早く学んでいれば、と思ったそうです。

ガンと診断されショックを受けながらも、宮川さんは、常日頃から生きる目的にフォーカスしています。治るため、再発転移を予防するためではなく、人生が幕を閉じるまでどうしたら自分の命を生かせるか!を念頭に治療を受け、養生をする。お見事です。

数々の出会いは恵まれたのではなく、宮川さんの曇りなき生き様が呼び、宮川さんはそれに素直に応じた。そう感じました。

ちなみに宮川さんは、2017年7月19日、主治医からもう通院しなくてよいと言われました。祝!ご卒業!!









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