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再発・転移・進行・末期のガン対策

ガン体験者との対談

がんから元気になった6人講演会 第三回

村田悦代さん 乳ガン
伊藤勇さん 前立腺ガン 肝臓転移・骨転移
2010年12月5日 名古屋にて

村田悦代さん
2006年 乳ガン
演題「病治しは心治し」

乳ガン体験 村田悦代さん
着物姿が粋な村田悦代さん

こんにちは。今日はお忙しいところ講演会にお越しいただき、ありがとうございます。

私は乳ガンでした。2005年の9月頃です。自分でしこりを見つけました。ガン検診は2年に1回のペースで受けていました。最初は子宮ガン検診を、そしてマンモグラフィーが導入されてからは、乳ガン検診も続けてきました。しかし、しこりに気づいてもすぐに病院に行くことはしなかったのです。というのは、私には20年以上同居してきた姑がいました。昼夜問わず一日中家の中で一緒に過ごしてきた姑です。その姑が、ちょうど時を同じくして、肺ガンになったのです。とりあえず私は、自分の乳房の小豆ほどのしこりを封印して、嫁の仕事に徹することに決めました。

義母はがんセンターで診療を受けましたが、ガンが全身に転移しているⅣ期で、弱い抗ガン剤しか使えない状態でした。私にとっても初めての身内のガンでしたので、何もわかりません。治療は弱い抗ガン剤のせいか、副作用もなく、つらい様子は見られませんでした。義母は「もっと強い薬や新しいよく効く薬をやってくれませんか」と主治医にお願いするほどでした。私もガン治療とはそういうものだろうと思っていました。

義母の病状はだんだん悪くなり、放射線を当てたりもしました。そのうち抗ガン剤のイレッサの作用か、口内炎がひどくなり、ごはんが食べれなくなってきました。そして手足がいうことを利かなくなってきたのです。主治医は「イレッサは時々悪さをするんです。脳に入りましたね」と事も無げに説明し、もはや治療の余地はないといったふうでした。抗ガン剤の怖さを目の当たりにした瞬間でした。私は万一に備え、酸素吸入や人工呼吸のトレーニングも受けましたが、その年の11月に義母を看取ることになりました。

さて次は私の番です。ようやく落ち着いた2006年6月、封印を解いて自分の乳房の検査を受けに病院を訪ねました。細胞診検査のため、3cmほど切って細胞を採り出しました。1ヶ月後、検査結果を聞きに行くと、「村田さん、初期ですがガンです」と主治医に告げられました。CT画像を見ると、左胸は満天の星が光り輝くようになっています。乳ガンのステージⅠ、左乳房を全部と腋など周囲も切除、という診断です。私はまだ若いつもりでしたので、それなら早く手術をしたほうがいいと、2週間後の予約を入れ、付き添ってくれた夫と帰宅しました。

まさか自分が・・・と泣きながら入院準備をしているところに、母の知人が訪ねてきました。「村田さん、ガンは治るらしいよ」どこからか私のことを聞きつけて、ある患者会の講演会の内容を話してくれました。手術や抗ガン剤の注意点や、日常生活とガンとの関係などです。生活習慣を変える自然療法でガンが治る可能性がある。手術をされた方には、申し訳ないのですが、予約を入れたものの、できれば手術したくないという気持ちが私には少なからずありました。というのも、細胞診検査のためほんの少し切っただけで乳房が変形してしまったのです。鏡に映してショックを受けました。「これ全部無くなるんだ・・・」 乳房を失って一生過ごすことが避けられるなら、自然療法をやってみよう!

実際に自然療法で治った人がいることで勇気を得た私は、乳房を切らずに治すことに素直に挑戦したくなりました。早速、主人と相談して手術をキャンセルしました。今後の関わりのことも考慮して、主治医には「1年だけ時間をください。1年間自然療法をやってダメだったら、また手術を検討します」とお願いしました。ただ、ガンの状態は確認したいので、4ヶ月に1度のペースでCT検査は受けることにしました。幸い理解のあるお医者さんで、民間療法には懐疑的でしたが、了承してくださいました。

こうなったらもう退路を断つ思いで臨むしかありません。主人と共にインターネットや本で勉強し、私の乳ガンは「血液の汚れ」と「冷え」を改善することが回復の鍵になると考え、ある冷え取りの本を参考にして実践することにしました。たまたまその方法を指導するショップが近所にあったのですぐに伺い、半身浴や食事の摂り方などを教えてもらいました。私の場合は食べ過ぎを指摘されました。「どうして私は食べ過ぎているのだろう?」と、自分なりに原因を手繰り寄せてみます。

ストレスがあったのは確かです。長年、姑とずっと一緒の生活。「いい嫁」と言われ喜んでいました。姑も、我が娘のように接してくれました。茶道の師範をしていた姑は、それはこと細かに家の中の事を取り仕切っていました。私は姑を尊敬し、姑の気に入られるように、姑の指示を受けなくとも家事をこなせるようにと努めました。そして自分が上手くできないと、なんてバカなんだ、なんでこんなことができないんだ、と自己嫌悪に陥る。そんな日々を何十年も続けたのです。

姑は孫に対しても、母親である私以上に至れり尽くせりでした。私が外出するときは、いつも面倒を見てくれたので、かえって私は行き先でゆっくりすることができず、用事を済ませたら直ちに帰宅する習慣がついていました。ですから、子供が就学してPTAの役員をやることになったとき、母親同士の付き合いがなかった私には友達がいませんでした。役員の仕事で悩んでも相談する人がいません。姑はPTAの役員になることには反対でしたので、内緒にしておきました。家でも外でも、気持や悩みを打ち明けられず、賢い嫁、可愛い嫁、立派な母であろうとした私は、少しのミスや、できなかったことで自分を責め、無能さを嘆きました。そして、家族が寝静まった頃、ジャンクなお菓子を食べ、酸化した料理用のワインを飲んで自己嫌悪の渦から逃れ眠りに就くのです。

冷え取りショップに週1回通うとともに、足湯、半身浴、靴下重ね履き、朝の人参ジュース、養生食をコツコツ続けました。入会した患者会の会報には、やはり自然療法をしている方々の記事が掲載されています。自分と同じような取り組みをしている先輩がたくさんいらっしゃる・・・私は会報を教科書にして実践しました。さらに鍼、温灸、リンパマッサージなども試しました。

その年の10月に、入会した患者会が主催する大きな集会が東京でありました。一人で東京に出かける機会などなかった一主婦でしたが、思いきって参加することにしました。当日の盛況ぶりや、本などで著名な先生にお会いできて興奮気味の私は、この時“スイッチが入った”のです。“治るスイッチ”です!「治るんだ! 治るんだ!」 それから自然療法が楽しくなりました。

4ヶ月後、約束していたCT検査をしました。主治医が画像を見て「村田さん、半分になってる」 驚きながら私に尋ねます。「何をやってるの?」 私は自分が実践していることを話しましたが、主治医は怪訝な顔をしています。1年と期限を切って挑んだ自然療法。私はこのまま続ければいいんだと手応えを感じ、さらに日々の養生に励みました。半身浴やビワ温灸、ウォーキングなど一日のスケジュールを作っていると、今まで自分のための時間を持つことがなかったなぁ、と気付きました。心にゆとりができたせいか、どんなことにも感謝する気持ちも芽生え、体が何を感じているかもわかるようになってきました。

患者会の冊子には、ガン治しには「インパクトのある変化」が必要だと書いてありました。私の場合は、「自分は誰に頼らなくとも何でも自分ひとりできる賢い人間だ」という意識を変えることだと思いました。そこで家族に対し、「本当の私は弱い人間です。みんなの助けが必要です。これからはひとりで抱え込まず、何でも相談します」と宣言したのです。主人をはじめ家族のサポートは、本当にありがたかったです。

そうして丸一年が経ち、検査を受けに行きました。「村田さん、この画像見たらガンがあったなんてわからないよ」 主治医も脱帽して自然退縮を認めてくれました。私は嬉しくてたまりませんでした。病気治しは心治しですね。自分にできないことはないと、自分を追い込み、できないと自分を嫌悪していた・・・そんな心を治すことで、私のガンは治ったのだと思います。ありがとうございました。

 

伊藤勇さん
1995年 前立腺ガン・肝臓転移・骨転移
演題「ガンを明るく生きる」


前立腺ガン体験者 伊藤勇さん
伊藤勇さんのお話は、ほっとするんですよね。ほのぼの~

今年で80歳になるおじいですが、しばらくお付き合いください。

前立腺ガンとわかった時には、肝臓や骨に転移していて、医者からはあと3ヶ月から半年の命だと告げられました。女房を60歳で亡くしていたこともあり、先に戒名を作りました。お手元の資料にコピーがありますね。それです。でも戒名を作ったおかげで、なんか生き方が変わりました。3ヶ月で死んで、生まれ変わった感じ。それから15年経ちました。お医者さんが云う「告知」というのは、あくまで「予想」なんですよ。「予想=よそう」を反対から読んでみてください。「うそよ」でしょ。だいたいこんなもん。(笑)

でも告知を受けたらショックですよ。日本では30万人がガンで死んでいる。有名人が亡くなったというニュースでも死因はガンが多い。私も3ヶ月と医者から云われて、経営していた会社の整理をしなきゃならんと思ったんです。経営者としての責任がありますから、事業をどうするのか決断しなければなりません。結局、第三者に売却したのです。そうしたら、一気に気が楽になりまして。いつも仕事のことで頭を悩ませていましたから、気持がスーッとしました。オーバーワークだったんでしょうな。

ガンはね、「心の健康」「体の健康」「経済の健康」の3つの要素が絡んでくると思うんですね。なかでも心が半分くらい占める。昨日、統合医療の先生とお会いしたんですが、笑いとイメージ。お配りした資料ありますね。

よくなる よくなる
きっと よくなる
ずんずん よくなる
すっかり よくなる
(腹式呼吸しながら イメージしながら唱えてね)

伊藤勇さん

私はこれをベッドの近くのよく目につくところに貼っております。そして最後に「わっはっは! わっはっは! わっはっは!」と笑います。みなさん、一緒にやってみましょう。(笑)(笑)(笑) それから、この紙の上のほうに、私は「ガンちゃん、おとなしくしといてんかっ!」と書いております。一枚ずつ拡大コピーしてお渡ししていますから、みなさん是非やってみてください。笑いは効果抜群ですよ。

体の健康といえば、食事ですね。私は、海藻、ニンジン、ホウレン草、小松菜、カボチャをよく食べます。一人暮らしですから、カボチャは一個買うと何食分にもなります。そしてすった生姜を何にでも入れてます。ガン患者向けの食事の本なども出ていますが、本に書いてあることそのままでなくてもいいと思います。食事はその人なり、自分に合った食事を見つけることです。玄米でも、小豆をいれるのがいい人もいれば、大豆がいい人、粟がいい人、それぞれです。自分のお腹と相談して決めればいい。玄米はいいですよ。でも、美味しく食べることが大切です。病気だからしょうがなく、苦行のようにいやいや食べるなら止めたほうがいい、相談を受けたら私はそう言いますよ。患者本人だけでなく、家族みんなで食べたほうがいいから、家族みんなが美味しいと思うように玄米を炊く工夫が要ります。好きにならなきゃ、体の足しになりません。

経済の健康は、意外に忘れられていることがあります。借金して治療費払うとか、高額な治療を受けたり、健康食品を購入するだとか、無理をして経済的に余裕がないのはいけないと思いますね。気持ちに余裕がないでしょ。ガン治療といっても、自分の経済力に見合ったものをすればいいんですよ。借金して高額な放射線治療を受けたが、思ったほどの効果がなかった。でも借金は残っているから、毎月15万円返済しなければならない。そういう方も実際いるんですよ。そりゃ、すごいストレスになっちゃいます。そんな精神状態では、病気は良くならない。かえってストレスで悪くなっちゃいますよ。

ガンになる人は、真面目な人が多いんですよ。細やかで、責任感が強く、我慢強い。自分の体力を犠牲にしても仕事に取り組む。早いとこ治して、また復帰しようとする。でもガンはね、風邪とはちがいます。長く付き合っていかなければならない持病です。おとなしくさえしてくれていたらいい。だって、ガンといっても体の一部ですからね。余所から飛んできてなるわけじゃないでしょ~。だから、そう敵視してもいかんの。

私の場合は、すでに肝臓や骨に転移していたから手術できない、痛みがでてきたらモルヒネ打ちなさい、と言われた。当初入院する予定だったけど、がんセンターは「治療する人は入院させるが、治療の見込みがない人を入院させるわけにはいかない」と最終検査の結果、入院予約を取り消した。私は2ヶ月くらいで退院して職場復帰するつもりだったので、主治医から「伊藤さん、入院しなくていいです」と言われたときは、私の病状はそう悪くないんだと思い「先生、ありがとう」と言ったの。そしたら主治医は、「伊藤さん、勘違いしてる。ガンが進行していて治療のしようがないから入院できないのです」 エレベーターでてっぺんからスットーンと落とされたみたいでしたわ。

治療できないと言われてショックでしたが、まず冷静になとうと思いました。入院しなくていいなら会社をどうにかせんといかん。従業員もいますからね。これは大変な責任です。でもって、整理することにしたんです。心のストレス、重荷、悩み事・・・解決できないことはありませんよ。そういうものは減らしたほうがいいですね。

大切なのは、自分を信じること、自分の病気は自分で治そうという意識、そして生きるぞという強い意志。薬で病気は治りません。薬は万能じゃないですよ。私は西洋医学を否定しませんが、西洋医学は補助療法だと思っています。自分の治癒力や免疫力こそが治癒の主体です。私が心がけているのは、快食・快便・快眠と適度な運動。これはガン患者であろうと、健康な人であろうと同じです。それと55年間、日記をつけてます。

自分なりのライフスタイルをつくること、人任せにしないこと。そんなふうにして今の私があります。ご清聴ありがとうございました。


【付記】
今回の講演では触れられませんでしたが、伊藤勇さんはモルヒネを使うほどのガン性疼痛をも経験されています。その痛みからも見事回復されています。また医師の反対を押し切って、患者会仲間に誘われたハワイ旅行に行かれました。社長業で忙しくされていた伊藤さんいとって、初の海外旅行。よほど楽しかったのか、その後、国内外の旅行が病みつきになります。そのようにオマケと思っていた人生を楽しんでいたら、ガンが消えたのです。伊藤勇さんの詳しい末期ガン克服記録は、下記の書籍で紹介されています。



『論より証拠のガン克服術』 NPO法人「いずみの会」代表 中山武 草思社
『ガン 絶望から復活した15人』 NPO法人「いずみの会」代表 中山武 草思社
『希望のがん治療』 斉藤道雄 集英社新書




伊藤勇さんのホームページ「がんを明るく生きる」はこちら!




【編集長感想】

語るに及ばず。心身の環境が整えば、自ずと治癒することはあるのです。多くの方、気づいてないかもしてませんが、今まで生きてこられたということは、すでにそういうことをしてきてるのですよ。だって、一秒たりとも同じ体ではなく、常に“入れ替わっている”のですから。村田さんも伊藤さんも、正しい“入れ替わり”に戻ったのですね。


◆第一回の講演内容はこちら!

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