再発・転移・進行・末期のガン対策

ガン体験者との対談

能瀬英介さん スキルス性胃ガン

治すためではなく、自分の人生を変えていくための行動を習慣化した!
2018年11月「第19回がん治っちゃったよ!全員集合!石川」(石川県能美市にて開催)講演より
2010年8月、能瀬さんはスキルス性胃ガン(ステージ3b)と診断され、胃の3/4とリンパ節11個を切除。その後、術後の抗ガン剤治療を途中で止め、同時にガン患者を辞める決意をされました。ガンをきっかけに見直した生き方に合う生活習慣、行動習慣、健康法を自らの基準で採用修正し、人生を思う存分味わっています。


能瀬英介さん スキルス性胃ガン
イベントで会場の質問に答える能瀬さん



◆ガンを治すより、自分のやりたいことをやろう!◆

みなさん、こんにちは! 地元、加賀市在住の能瀬英介です。

私は1954年1月生まれ。手術から、ちょうど8年になります。私は一患者という立場ではありますが、あまり自分のことを「患者」と思ってはいません。というのは、ガンになってからのこの8年、ガンになってよかったなと思うことが沢山あるからです。

普段はガンをテーマにした集まりには参加しませんので、このような会は不慣れなのですが、今日はこの8年間の私の歩みをお話させて頂きます。

テーマは「行動習慣で楽しい人生を!癌と明るく向き合う生き方」としました。今の私の体重は67kgですが、2010年8月にガンが見つかる前は80kgありました。首と顔が同じ太さで、ぶよぶよでした。糖尿の薬を処方されていましたが、薬が嫌いで飲まずに捨てていました。ドクターから「薬が効いていないようだけど、ちゃんと飲んでる?」と聞かれると、はぐらかしていました。

そんな漫然とした感じで通院していたところ、たまたま、久しぶりに「胃カメラでも」という話になって検査しました。何事もないだろうと高をくくっていましたら、ドクターが画面を見ながら「能瀬さん、胃ガンですね。手術いつにしますか?」・・・テレビドラマの告知シーンと比べると、なんて機械的な言い方なんだろうショックを受けながら聞いていました。

帰宅して、今の自分の身に起きている事を家族にどう伝えようかと心の準備をしていたところに、家内が「ガン!?」と一言発しました。そんなわけで、ドクターの告知も、家族にガンを明かすのも一瞬のうちに終わり、ドラマ性はまったくありませんでした。(笑)

当初の診断は早期胃ガンでしたので、さほど主治医も私も深刻な手術という認識はありませんでした。それでも手術日には、一族郎党集まってくれました。ふだん東京や大阪で暮らしている子ども達も帰省したので、手術中は病院の食堂で四方山話に花を咲かせていました。ところが途中で家内と長男が主治医に呼ばれ、早期ガンではなくリンパに11ヶ所転移しているので、それらも郭清することを伝えられました。それを知らされた身内の者は、みな静まりかえったそうです。

5時間に及ぶ手術は無事終わりました。翌日から「歩いてください」と促され、もう少しやさしく扱ってくれてもいいのにと恨めしく思いました。(笑) 執刀したドクターの説明があり、そのなかの言葉が一つ心に引っ掛かりました。「能瀬さん、見える所のガンは切りました」 その通りなのでしょうが、見えない所は切れない。となると不安は残ります。しかも結果的にスキルス性ガンで、再発転移の確率が高い。このタイプで再発転移すると予後は厳しいと、なかば脅されるような形で抗ガン剤治療が始まりました。

24時間点滴で持続注入する抗ガン剤治療を、4日連続(金曜~月曜)で行いました。月曜の昼頃になると頭がボーッとし、気分も悪くなりました。主治医からは車で来院しないよう注意されていましたが、会社から近いこともあって自分で運転して通院していました。4回目か5回目の時に、赤信号で交差点を突っ切ってしまいました。白山市なので、さほど交通量がないのが幸いでした。東京や大阪でなくてよかったと冷や汗をかいたのを覚えています。こんなことではダメだなと思い、次の診察で主治医に、「この治療でどのくらい助かるのですか?」と尋ねました。すると、20%~30%という返事でした。80~90%効果があるなら、この辛い治療も耐えられますが、その程度の効果でやる価値があるのか・・・? この時、善後策は一つもありませんでしたが、抗ガン剤治療を止めることを主治医に伝えました。

その足で情報収集のため、本屋さんに行きました。15~6冊のガンに関する本を読んだ中で、東京 八王子で開業されているドクターの考え方に賛同でき、免疫が働く生活習慣を採り入れました。その一つが、私の場合は肉食をやめることでした。でもちょっと食卓が寂しい。それで、35歳の時から断酒をしていたのですが、飲酒を再開しました。ガンになってタバコをやめる、ガンになってお酒をやめる人が多いと思いますが、私はガンになって少量のお酒を始めたのです。(笑)

それまで病気の知識がなかったので、スキルス性胃ガンが難しいガンということをわかっていませんでした。家族には話しませんでしたが、私の父は54歳で亡くなっており、私は57歳でガンになった。自分の中では、「そんな長く生きられないかもな・・・」という思いを持ちました。それなら、「ガンを治すことより、自分がやりたいことをやる」という思考に変えました。生き方を変えることにしたので、ガン患者さんが集まる会やセミナーには参加しないことにしたのです。ガンとは関係ない集まり、セミナー、勉強会に参加し、自分の人生を変えていくための何かを見いだしていこうと行動しました。

その中で学んだことに、「言葉替えゲーム」があります。たとえば、「ガン」→「ポン」。「ガギグゲゴ」は厳しくキツイ音なので、言葉からイメージを変えようという試みです。「実は私は、7年前に胃ポンになりました」と言えば、印象がやわらかいじゃないですか。(笑)今日、必死になって何か得ようと来られた人には「ふざけた事を・・・」と怒られそうですが、言葉の力は想像以上に大きいのです。


能瀬英介さん スキルス性胃ガン
満席の参加者に向けて、体験を丁寧に語ってくださいました



◆継続・気づき・感謝◆

ガンになって、心からよかったなと感謝しています。ガンになったことは、人生の踊り場に立ち止まり、人生を見直す機会となりました。自分は死ぬかもしれないと思いつつ、手術、抗ガン剤の副作用などいろいろ経験するなかで、3つの事を感じました。

「継続」
「気づき」
「感謝」

継続をしているといろんな事に気づき、最終的に感謝に至る。

ここで、皆さんにお聞きします。豊臣秀吉に仕えた曽呂利新左衛門(そろりしんざえもん)を知っている方、いらっしゃいますか? 曽呂利新左衛門が手柄を立てた際に、褒美として何が欲しいか秀吉が尋ねました。すると新左衛門は、「1日目は米1粒、2日目は2粒、3日目は4粒、次の日は8粒・・と前の日の2倍の米粒を次の日にというようにして51日間だけください」と答えました。現代風に米1粒を1円としてみましょう。この計算ですと、10日経っても500円程度です。しかし、30日になると5億3600万円ほどになります。この計算をグラフにしてみると、1日目から25日目くらいまでは、ほとんど変わりません。ビジネスでも、スポーツでも、ガン治しでも、同じじゃないかと思います。世の中の成功者は、たとえすぐ成果が出なくても、自分の道を信じて続けていく。でも継続すると、ある時点を過ぎた所で大きな変化が現われてくるのです。

それから、この計算グラフを自分の祖先に当てはめ私の30代前まで遡ると、ざっと2億5000万の父親と2億5000万の母親が一人たりとも欠けることなく関わって、私が誕生したことになります。これは、皆さんもまったく同じです。私たちはとても貴重な存在なのです。そう考えると、奇跡的に与えられたこの命を大切に生きていこうという気づきになり、感謝に堪えません。


能瀬英介さん スキルス性胃ガン
能瀬さん、習慣化の達人です



◆生きるネタを探した◆

先ほどお話ししたように、私は残された人生を悔いなく生きるため、ガンとは直接関係ない各種セミナーに参加しました。

行動習慣ナビゲーター
アクティブブレインセミナー
易経セミナー
TCC講座
志ネットワーク(松下政経塾)
日本を美しくする会(掃除に学ぶ会)
忘れない 3.11
いのちのフォーラム(主催)

そして、“生きるネタ”を探しました。

妹夫婦の影響もあって、術後に登山を始めました。最初に行ったのが上高地です。胃を3/4切除したので、術後しばらくはおにぎり1個しか食べられませんでしたが、その時はおにぎりを2個食べました。運動と環境のお陰か、痞えることなく食べることができました。

手に取った本のなかに、岡山の伊丹先生(生きがい療法)がガン患者とモンブラン登頂をした話が載っていました。それを読んで、私もモンブラン登頂を目標の一つにして生きることにしました。2014年に3842m地点まで、モンブランをアタックしました。登頂はしておりません。その地点から頂上を眺めました。(笑) これも夢として描くだけでなく実際に現地まで行ったのは、ガンになったからこそだと思います。

話は変わりまして、私は音楽も好きで東京出張の折に銀座のライブハウスに寄ります。そこで、格好いいサックス奏者に出会いました。私の中に、生きている間にある曲をサックスで吹いてみたいという願望が潜んでいたようで、その場で個人レッスンの契約をして、その翌日カラオケルームで1回目のレッスンを受けました。これもガンになっていなかったら、ライブハウスでの演奏を楽しむだけで終わっていたでしょう。折角だから目標を作って練習しようということになり、銀座で還暦ライブを計画しました。そしてなんと、音大に通ってホルンを吹いている娘とセッションを披露することができました。

このように、思っているだけで行動しなかったであろう事を、ガンを経験したことで踏み出す推進力を得て成し遂げることができました。登山もサックス演奏も、ガンを治そうとしてやったのではなく、生きるネタとしてトライしたのです。そうなると、貴重なエネルギーを使うので、無駄な事はしたくない。自分の本当にやりたい事の見直しもできました。心から生きる喜びを感じる事に、エネルギーを注いだのです。


能瀬英介さん スキルス性胃ガン
イベント出演者揃い踏み



◆本当の自分の人生を生きることを習慣にする!◆

私が学び実践した「行動習慣」を、いくつかご紹介します。

〈世の中でうまくいっている人は、必ず人を応援している〉

〈事実は一つ、感じ方は二つ〉
2人のセールスマンがアフリカの奥地に靴を売り行く話。一人は「誰も靴を履かず裸足です。靴なんか売れません」 もう一人は「誰も靴を履いていないので、全員に靴を売ることができます」 事実に対し見方を変えるだけで、大きな差ができる

〈感謝の習慣〉
メールや手紙の末文に感謝の言葉を添える

〈ビビサク習慣〉
ビビッと感じたらサクッと行動する

〈さわズー習慣〉
さわやかにズーズーしいことを言う

〈1日のはじめのルーティン習慣〉(↓)
能瀬英介さん スキルス性胃ガン



誰でも、どうせ一度は死ぬのですから。それまでは自分の体は自分でケアして、楽しく生きましょう。

ご静聴ありがとうございました。




【編集長感想】

短い持ち時間でしたが、能瀬さんの「本当の人生を生きることこそガン治し」が凝縮されていました。ガン患者として生きるのではなく、「能瀬英介」として生きることにエネルギーを集中したことが、良好な予後になっているのだと思います。

治療法、健康法、生きるネタも、外部情報を参考にしながらも、最終的には自分の内的基準で選び、行動しています。その生きる姿勢こそが、何よりの健康法だと思います。









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