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再発・転移・進行・末期のガン対策

ガン体験者との対談

村山民愛(むらやま みね)さん 口腔底がん

にもかかわらず笑う~どうぜなら楽しくいきたい!
2020年12月 いずみの会定例講演会(オンライン)にて
村山民愛(むらやま みね)さん 口腔底がん
オンライン配信で体験談を明るく語ってくださった村山民愛さん



皆さん、こんにちは。村山民愛と申します。今日は私の体験談と想いをお話させて頂けるということで、講演をお引き受け致しました。どうぞあたたかい目でお付き合いください。宜しくお願いします。

がんになって絶望的になり、どん底に落ちました。でも「今」泣いたり笑ったりしながら、笑顔で生きています。今日の講演のタイトル「にもかかわらず笑う~どうぜなら楽しくいきたい」のとおりで在りたいなと思っています。


◆運動していたから進行が速いな 若いから速いな◆


2013年に口腔底がん(舌がん)を宣告されました。当時私は、スポーツクラブでインストラクターとして働いていました。「病気にならないために運動してくださいねー!」なんて偉そうに話していた自分が、まさか、まさかのがんになりました。下の娘も大学生になってホッとしていました。2人分の学費をやり繰りするため家計を見直しました。加入していた私名義の生命保険の一つを解約、もう一つを減額しました。なんとその1ヶ月後に、がんになりました。慌てて生命保険会社に問い合わせましたが、もちろんダメでした。(笑)

勤めているスポーツクラブで、「(村山)先生、俺はがんだ。ダメだ~」としょげていた会員さんがいました。「そんな訳ないですよ。大丈夫ですよ!」と声を掛けると、「口の中に白いのがあって、それが多分がんなんだ」と打ち明けられました。私は、そんな筈はないと気に留めませんでした。

ちょうどその頃、私は歯医者に通院していました。ふと、その会員さんの言葉が頭をよぎり、口の中を鏡で見ると底に白いでき物が2つありました。まさかと思いながらもネットで検索すると怖いことが書いてあって、一気に不安になりました。

そんなことはない!と、がんであることを打ち消したい気持ちから、歯ブラシで潰そうと試みました。けれど、ビクともしませんでした。痛みも感じませんでした。不安は募るばかり。スポーツクラブで先ほどの会員さんを捕まえて、口の中を見てもらいました。すると、お医者さんでもないのに「あ~、がんだな。可哀想にな。運動していたから進行が速いな。若いから速いな」とあっさりした物言い。もう私は大ショック。心がぐゎ~んと波打ちました。さらにその会員さんは「でもな、先生、がんはいきなりじゃないから大丈夫だぞ」と付け加えました。ショックがさらに上積みされました。

歯医者に行き、口のでき物を診てもらいました。ドクターが急に口を閉ざし、「紹介状を書きます」と言われました。私は頭の中が真っ白になりました。

市立病院での初受診、担当医は淡々と診察を進めました。不安でいっぱいの私がやっと聞き取れたのは、「病理検査をします」でした。「先生、私、大丈夫ですよね?」恐る恐る私が尋ねると、「大丈夫な人に病理検査はしません」 

それを聞いて今にも心臓が飛び出しそうでした。生きた心地がしないまま、がんを宣告されました。その帰り道、誰に何をどうやって伝えたらいいんだろう・・・そのことで頭の中がいっぱいになりました。車を近くのスーパーの駐車場に停めて、しばらくひとりで考えました。「何でがんになったんだろう」「罰が当たったのかな。あんなことしたり、こんなこと言ったり・・・」「もう死んじゃうのかな・・・」 


◆捨て鉢な気持ちと気丈な振る舞い◆

がんになったことを知られたくない。ジムで「病気になっちゃうから運動しないとダメですよ」 偉そうに言ってた自分ががんになっちゃうなんて・・・。もう仕事も習い事も全部辞めて、人との関係を断ち切ろう。そんなふうに思い詰めて、職場に電話し一身上の都合で退職したいと告げました。なんとも身勝手な振る舞いですが、その時は「どうせもうすぐこの世から消えてしまう私の気持ちなんて、あなた達にはわからないわよ」という捨て鉢な気持ちでした。

子供たちにどうやって伝えようか? 両親にも何て伝えたらいいんだろう? 子供たちには「ごめんね。がんと言われちゃって・・・」と素直に言いました。でも、母はきっと心配するだろうと思い、話さないことにしました。私の不安と動揺を見透かした娘は、「おばあちゃんにもちゃんと話して!私たちだけにもたれかからないで!ママは赤ちゃん返りしてるよ」と言われてしまいました。このままではいけないと思い、妹の付き添いで両親と会いがんを打ち明けることにしました。私が泣いたりオロオロしてはいけない。女優になったつもりで「お母さん、私、がんと言われたけど大丈夫。これから治療をするので応援よろしくね」 それを聞いた父は「そんな訳ないだろ!その病院は間違ってる!」と信じようとしませんでした。それでも私は、治して帰ってくるからと笑顔で報告を終えました。

母はいつも帰り際に、私を車のところまで見送ってくれます。さすがに今日はそういう気になれないだろうと思っていましたが、母はいつも通りに私を見送ってくれました。後日、弟から聞いたのですが、母はその場で腰を抜かしてしまったそうです。でも私としては、不安と心配でいっぱいで絶望的だったにもかかわらず、母のために気丈に明るい振る舞いをしたことで、少し冷静さを取り戻し、前向きになっていけました。


◆お守りアイテム&運動していてよかった!◆

がんには色々な検査がついて回ります。いちいちネガティブなことをイメージしてしまうとますます悪くなってしまうと思い、検査機器のノイズをハワイに向かう飛行機のフライト音に変換し、ハワイでフラ(ダンス)を踊る光景を頭に描きながらにっこり顔で検査を受けました。なんだか悪い物も溶けてなくなってくれる気がしました。

がん宣告後は新聞もテレビも見れない時期がありましたが、あまり暗くなってもいけないと思い、入院用のパジャマなど明るい物で揃えようと買い物に行きました。その時偶然、カラフルなストーンのブレスレットを見つけました。お守り代わりに身に付け、常々ストーンを触りながら「大丈夫」と唱えました。それを見た母は、ヘンな宗教に入信したのではと心配したようです。私は自分の無理のない範囲で買える程度の金額で、こういう物を心の拠り所にするのはいいかなと思います。

同じく買い物に出かけた先で出会った本が、『誰でも思いどおりの運命を歩いていける!』(越智啓子) タイトルが私の望みにぴったり! 装丁に描かれた白い花も気に入りました。病院の庭園に咲く花と似ています。花の名はコクチナシ。「告知無し」素晴らしい!(笑) むさぼるように読むと腑に落ちることばかりで、本の教えを胸に刻み込み手術に臨みました。

村山民愛(むらやま みね)さん 口腔底がん
勇気が出た本とコクチナシ


神社仏閣にも参拝しました。こんな具合に、自分なりにいろいろお守りや支えにして病を乗り越えていこうと思いました。

手術前、麻酔科で肺活量の検査がありました。すっごい美人のドクターが「素晴らしい肺活量ねー!これだったら手術にも耐えられますよ」と言ってくださいました。私のがんを切除するにあたり肺活量が低いとシリアスな術式になるのですが、それを避けることができたのです。私は、運動をしていたことの恩恵だと思いました。スポーツクラブの会員さんが言っていた「運動していたから進行が速い。若いから速い」というのは一概ではない。それどころか、運動していてよかった!そう思いました。

パニックになり、がんの知識がまったくなかった私ですが、人の言葉を鵜呑みにせず、段々冷静に判断し落とし込めるようになっていきました。


◆どう立ち直るかにフォーカスしよう!◆

少しずつ冷静さを取り戻すと、私が何でがんになったのか考えました。タバコは吸わない、お酒は飲めない。だけど睡眠時間は少ない。ストレスはいっぱいある。原因はそれかなぁ。いやいや、ストレスがいっぱいの人でもがんにならない人がいる・・・理由を探しても仕方ないか!もうなっちゃたんだもの・・・。だったら、どうやってここから立ち直っていくのかにフォーカスしよう。治るか、治らないかはわからないけど、ドキドキ心配ばかりの自分から抜け出したいと思いました。

明るく振る舞ったほうがいいな。病院の入口のドアに向かって「ありがとうございます!」「こんにちは!」 こんなことから始めました。(笑) がんになる前は気にも留めなかった当たり前が、こんなにもありがたいことなんだ。気づくことができました。入院当日、母、妹、娘と一緒に買い物に行きました。その時、母に「これから手術して助けてもらうのだから、しっかり食べて治さないとね」と励まされました。不安で食が進まない状態でしたが、母に心配をかけたくなくて、カレーうどんを食べました。ちょっぴり辛くて甘くて、あったかいカレーうどんの味は今でも忘れません。

8時間に及ぶ手術。術前には、しゃべることも、食べることもできなくなる可能性がゼロではないと説明を受けていました。手術が終わり集中治療室で意識が戻ったときモニターに繋がれたコードを留める指先に痛みを感じました。思わず「痛い!」とうめきました。「もうしゃべった!!」と看護師さんに驚かれました。普段からお喋りで食いしん坊は、口のトレーニングになっていたのかなと思っています。(笑)

入院生活は大部屋を希望しました。独りで個室に居るより、人の動きや息づかいを感じると安心するような気がしたのです。術後は口の中の縫合した部分にガーゼを入れていたので、鼻からチューブで栄養摂取となりました。でもずっと口から食べたい欲求が頭から離れませんでした。そのとき付けていた「ありがとうノート」にお世話になった人の名前を列記したり、食べたい物リストを書きました。


◆食いしん坊の再手術◆

ところが、もうそろそろ食べ物を口にできるという段になって、取り切れていなかったがんを再手術することになりました。「あ~、また食べれなくなる・・・でも、がんは取り除いてほしい・・・」 メンタルがやられて、トイレで意識を無くして倒れてしまいました。助け起こしてくれた看護師さんたちの前で、ちっちゃい子のように号泣しました。

ドクターに再手術を受けることを伝えるとき、「その前に、一口でもいいから何か食べさせてください」とお願いしました。ドクターの返答は「食べられないですよ」 口に入れられないし、喉も通らない。それでも私は強く懇願しました。ついにドクターが折れて、お許しが出ました。選んだのはいつも売店で見かけるミルクプリン。ラベルに「元気だしていこう」と印刷されています。常々、食べることを目標にしていたミルクプリンです。早速売店で買ってきてトライ! なんと全部食べれたのです! 食いしん坊バンザイ!!(笑)

村山民愛(むらやま みね)さん 口腔底がん
完食しちゃったミルクプリン


でもやっぱり再手術は気が進みません。再手術当日、大部屋に入ってくるなり「あんた、何で入院しとるんの?どこが悪いの?」とズケズケ声をかけてくる人がいました。うわ~、これ以上いろいろ聞かれるのヤダ~と、看護師さんに頼んで予定より早く手術室に移動しちゃいました。後日、あれは手術に向かう後押しだったなと思いました。

術後の集中治療室で導尿カテーテルを取り外す担当が超イケメンの男性看護師さん。さすがに恥ずかしくて、患部が痛いのにもかかわらずおもわず「代わってもらってもいいですか」 しゃべっちゃいました。火事場のバカ力じゃないですが、ここぞで力を発揮する私を再認識しました。(笑) サイモントン療法の田村先生が講習会で教えてくださった良い解釈の実践になったと思っています。

入院生活中に愛犬に会いたくなりました。それも回復の励みにしました。

12月9日は私の誕生日です。11月から入院して誕生日前に退院することを目標設定しました。新しい歳を迎えたら新たなスタートを切ろう!主治医は難しいだろうと言いましたが、私は私の中で勝手に決めました。

病院の窓外に目を向けると、今までは目に入らなかった景色が映りました。スーパーの看板が慣れ親しんだ日常生活を思い出させます。生活に戻ろう!なかば強引に退院しました。「娑婆の空気はうまい!」心底感じました。(笑) 外はクリスマス一色。キラキラ輝く街が私を祝福していると思いました。(現在、そのスーパーの中の運動施設で働いています!)


◆病気のことばかり考えていたら、もったいない◆

とはいえ前向きばかりとはいかず、もしかしたら、また、ダメかも・・・の繰り返し。自宅に戻り安静にしてしょんぼりすることもしばしばでした。通院の度に「大丈夫ですか? がんじゃないですか? どうなりましたか? 助かりますか?」と判で押したように同じ質問をする私に主治医が言いました。「村山さん、いつもそんなこと気にして疲れませんか? 先のことは誰にもわからないですよ」「たとえばね、村山さん、99%の人が助からない。1%の人が助かる。自分がどちらに入るかなんてわからないのに、あなたは心配ばかりしている」「村山さんは、何歳まで生きれたらいいんですか?」

皆さんはどうですか? がんになって、死にたくない!生きたい!何千回も思ったかもしれない。でもいったい何歳まで生きたら「ありがとう」なのでしょうか。

主治医に問われ、平均寿命・・・? 百歳・・・? あやふやな答えしか浮かびませんでした。例え平均寿命だとしても、これまで生きてきた年月より短い。「今こうして生きているのに先のことばかり心配するのは、もったいなくないですか!?」主治医が諭してくれました。ほんとだ!私は1日24時間のほとんどを、がんのこと、この先の心配に費やしていました。どのみち人間の生きる時間は限られている。病気のことばかり考えていたら、確かにもったいない。少し目が覚めた感じでした。

では私は何歳まで生きたいか? 答えは、79歳9ヶ月。その根拠は生命保険です。一つだけ残しておいた生命保険の契約は80歳で満期になって、そこそこの金額を手にできます。でも80歳越えたらガクンと減額されちゃいます。だから当面の目標は79歳9ヶ月です。(笑)

退院して、もったいない人生を歩まないために始めたのが習字です。筆を持って無心に書くことは、すごく心が落ち着きました。一種のマインドフルネスです。書だけではなく、墨でお釈迦様の絵も描くようになりました。自分の好きな事を見つけて、やれる範囲で楽しみました。

村山民愛(むらやま みね)さん 口腔底がん
民愛さんが描いたお釈迦様



◆キャンサーフィットネスと出会う◆

ある日病院で一枚のチラシが目に留まりました。「がん患者のためのフィットネス」 がんなのに運動なんてできるの!? 私は口の中を切って、お腹の皮膚を移植しました。だから、口とお腹の両方が痛くて姿勢が崩れていました。とてもじゃないが運動なんてできない。でも私はスポーツクラブのインストラクターだったので、そのチラシが気になりました。行ってみたい気持ちとムリだろうという気持ちで揺れましたが、勇気を出して覗いてみました。すると、笑い声を出しながら運動している人たちがいました。私はがんだから、あんな風にはできない・・・といじけた心で見ていました。ところが参加して楽しく運動している人たちは皆さん、がんの経験者だったのです。

「がんでもできるんだー!」前を向く勇気が出ました。がんになっても運動できる、いや、運動したほうがいい。いやいや、運動は必要だ。治療のための体力、予後の回復のためにも、運動して、お喋りして、笑う。そして、どんな状況であってもできる範囲で楽しむ。とても大切なことだと思いました。

「キャンサーフィットネス」という言葉を初めて耳にしたとき、私は女性インストラクターの名前だと勘違いしていました。(笑) 「キャンサー」が癌のことだと知らなかった。でも、「癌(がん)」は暗く重いイメージで口にしたくなかったのですが、「キャンサー」はナタリーやキャッシーみたいでお洒落で可愛い。(笑) 「キャンサーフィットネス」というネーミングが気に入りました。(笑)

がんでも笑って運動していい!救われました。それを私も伝えたくなりました。私のやりたい事はこれだ! 東京で催される100時間の講習を受けることを決めました。新たなサバイバー人生の始まりです。

講習は実技だけでなく座学もあります。聞き慣れない医学用語も出てきて、私にしてみればまるでいきなり医学部に入ったかのようにちんぷんかんぷんでした。(笑) 「難しいですよね」と隣の人に声掛けて、その人のノートを見ると横文字がバァーっと書いてある。すごく場違いな所に来ちゃった!(汗) それでも勇気を振り絞って尋ねました。「さっき、エビなんとかって言ってましたよね?」「エビデンスですか?」「あー、それそれ。エビデンスって何ですか?」 スタートはこんな有り様でした。(笑)

おかげさまでとっても素敵な仲間にめぐり逢え、いっぱい助けてもらえました。いろんなことを楽しく体験させてもらえました。受講のため上京して世間が広がりました。まだまだやる事がある!皇居の周りを走り、高尾山にも登りました。がんになって悪いことばかりじゃないじゃん!

「キャンサーギフト」 私にとってはありがたく、励みになる言葉となりました。がんになってどん底の気持ちを味わいましたが、自分の心の持ちようと、小さくても一歩を踏み出すことで、今までにはなかった経験もできるのです。良い事を考えたい! だから、キャンサーギフト、どんどん頂きます。(笑)

仲間の助けを借りながら100時間の講習をクリアし、キャンサーフィットネス認定インストラクター第一期生になることができました。温かいご縁をいただいて地元名古屋で少しずつ活動が始まりました。病院内でのキャンサーフィットネスを担当させていただいたり、イベント等にも参加させていただいています。今は、キャンサーフィットネス オンラインサロン「Hello!」でフィットネス、おしゃべりも担当しています。(がん種は問いません)

村山民愛(むらやま みね)さん 口腔底がん

村山民愛(むらやま みね)さん 口腔底がん
キャンサーフィットネス コラージュ



◆キャンサーフラ チーム・プルメリア◆

私が治療の支えにしたフラのイメージ。南国の太陽と笑顔の踊りは、がん患者さんの気持ちを明るくできるのじゃないか!? がん患者で集まってフラをやってみたいと思いました。そして賛同者と共に、「キャンサーフラ チーム・プルメリア」を立ち上げました。私が習っていたフラの先生がボランティアで指導を引き受けてくださいました。仲間と一緒に振り付けを覚え、華やかなハク(花の冠)やレイを身に付け踊ると、楽しく感謝の気持ちでいっぱいになります。仲間が治療で入院すると、ハクとレイを持ってお見舞いに行きました。輝く笑顔の彼女を見て、私たちもとても嬉しくなりました。

フラチームの活動はNHKが取り上げて伝えてくれました。また、国立がんセンター名誉総長の堀田知光先生がプルメリアの応援団長になってくださいました。沢山の方にレイをつけて写真を撮らせていただいています。いつか「がんサバイバー応援団写真集」を出版します。皆さんの応援はとても心強く、ありがたいです。

村山民愛(むらやま みね)さん 口腔底がん
キャンサーフラ チーム・プルメリア


リレー・フォー・ライフ・ジャパン三重(実行委員です)や患者会でも踊りました。上手な踊りではありませんが、真心込めて笑顔で楽しんでいます。夢はみんなでハワイでプルメリアの踊りを披露することです。よろしければ、どなたか招待してください。(笑)

チラシの写真は、築地の国立がんセンターで開催された「ジャパン・キャンサー・フォーラム」電通、資生堂によるイベント「ラベンダーリング」で、プロのメークでプロのカメラマンに撮ってもらったものです。私はこのイベントに参加してとっても幸せでした。皆さんもぜひ色々な事にチャレンジしてみてくださいね。「チャンスがあればチャレンジする!」 私はとにかくダメ元でチャレンジすることを心がけています。ダメな時は、これは違ったんだな。次に行こう!と、言い聞かせるようにしています。

村山民愛(むらやま みね)さん 口腔底がん


♫どうせならばにっこりね
にもかかわらず、にっこりね
笑う門には福来る

私、盆踊りの企画も考えています。曲に付けた歌詞の一部です。一瞬であっても楽しく、ワクワク。たとえ作り笑いであっても、にっこりね。薬と同じくらい心身によいと信じています。皆さん、一緒に歌って踊ってくださいね♫(笑)

今の私が好きな言葉は「大丈夫」「応援」です。たくさんの人に応援してもらいました。私も勝手にいろんな方を応援させていただいています。大丈夫じゃなくても、大丈夫と言ってもらえたら私は嬉しいです。たくさんの人に支えてもらって今があります。次のステージでも支え合って笑顔で楽しくやっていけたらいいなと思っています。もったいなくない人生を送りたいと思います。

皆さんへの感謝の気持ちでいっぱいです。至らない私ですが、にっこり許してくださいね。

どうぞこれからも宜しくお願いします。
ご清聴ありがとうございました。



◆キャンサーフィットネス オンラインサロン 「Hello!」の公式サイトはこちら!


村山民愛(むらやま みね)さん 口腔底がん
講演会収録現場で即席フラチーム結成!


◆講演会でのフラの動画です!



【編集長感想】

降って湧いたような発病。それは村山さんの心に波風を立たせました。

でもその波風を煽って大きくしてしまっているのは、自分の向き合い方だと気づかれたのですね。

出来事をどう解釈するかで、はじめてその出来事が意味を持ちます。ともすると独り歩きし、モンスター化し、制御不能になってしまう・・・でもその正体は、自分の心に浮かんだ言葉なのです。

それじゃ、もったいない!!

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