再発・転移・進行・末期のガン対策

ガン体験者との対談

杉浦貴之さん 腎臓ガン

ガン体験者の情報誌「メッセンジャー」で【命はやわじゃない!】を発信!
2010年4月 愛知県岡崎市にて

◆2011年12月 杉浦貴之さんの自伝が書籍化されました!◆
『命はそんなにやわじゃない』(かんき出版)




杉浦貴之さんは、11年前28歳の若さで腎臓ガンを発病。医師から「早くて半年。2年後の生存率はゼロ」という余命宣告をされました。
 
絶望と希望の狭間で揺れ動く当時の杉浦さんは、抗ガン剤治療中にも拘わらずガン体験者と会って生の克服談を聞くため遠方まで出かけました。ガン体験者との出会いによって勇気が湧き、意識が変化し、本来の自分らしく生きることができるようになったと杉浦さんは語ります。その経験から、今度は先輩ガン患者として後輩ガン患者を元気づけてあげたいという思いが強くなり、情報誌「メッセンジャー」を2005年に創刊しました。
 
メッセンジャーにはガン患者さんや難病克服した人たちの体験談が掲載されています。また、杉浦さんは体験をもとにした自作の歌を収録したCDも制作しており、各地でトーク&ライブ活動を行っています。 (テレビ出演の動画はこちら!)
 
さらにさらに、今年の12月には「がんサバイバーホノルルマラソン」を企画。患者さん、経験者、ご家族、サポーターを募ってホノルルマラソンツアーに向けた準備をされています。杉浦さん自身もガン発症後、2度フルマラソンを完走。みんなで走って元気になっちゃおう!と意気盛んです。
 
旺盛な活動力で東奔西走中の杉浦さんをやっとつかまえて、お話を伺いました。

杉浦貴之 メッセンジャー
杉浦貴之さん(右) 対談はデニーズでした(笑)
 
 
◆28歳でガン、の衝撃◆
 
杉浦さん
(待ち合わせ場所に颯爽と現れる)はじめまして。杉浦です。
 
小澤
こちらこそはじめまして。今日はよろしくお願いします。(180cmを超える長身の杉浦さんは、冒険家のような雰囲気をもっている)
 
さて早速ですが、杉浦さんは若くして腎臓ガンになられました。まず病気の経緯をお聞かせいただけますか。
 
杉浦さん
1999年の5月末に出先で急に脇腹が痛み出したんです。病院に駆け込むと、左の腎臓の中で牛乳瓶2本分出血している。医者は腎外傷を疑い、腎臓のあたりを強打してないか?と尋ねました。そんな覚えはなく、結局原因はわからずじまい。
 
小澤
そんなに出血してるのに、その時は腎臓で何が起きているかわからなかった?
 
杉浦さん
ガンも疑ったんですが、1ヶ月入院して検査した結果、医者はガンではないと言ってました。それで3ヶ月後に再度検査することにして退院しました。
 
小澤
そして3ヶ月後にまさかの宣告?
 
杉浦さん
ガンじゃないって言われていましたから、まったく想定していませんでしたよ。念のための検査のつもりで病院に行ったら、主治医から画像を見せられてビックリです。素人目にもこれはマズイなと思いましたね。足がすくみました。
 
小澤
どうして最初の痛みから4ヶ月もわからなかったのでしょう?
 
杉浦さん
出血した血液にガンが隠れていて確認できなかったようです。4ヶ月の間に溜まっていた血液がなくなったら、大きなガンの塊が現れた。その間に、ガンは成長しちゃったんですけどね。未分化ガンで大きくなるスピードが速いから、すぐ手術でした。
 
小澤
他に転移はしてなかった?
 
杉浦さん
ありませんでした。ただ性質の悪いガンなので念のために抗ガン剤を2クールやろうということになりました。
 
小澤
28歳という若さでのガン。正直どんな心境でした?
 
杉浦さん
自分がガンになる前に、友人がガンで苦しんでいる姿を間近で見ていたんです。だから、「いずれ俺も苦しんで死んで行くんだ」という絶望的な自分と、「いやいや、俺は強い。ガンごときに負けるか!」という強気な自分がいて、交互に顔を出していました。
 
小澤
主治医からはご両親に余命が告げられていたようですね?
 
杉浦さん
後に知ることになったんですが、「早くて半年、もって2年」と主治医から告げられていました。
 

◆ガンの原因◆
 
小澤
気弱になったり・・・立ち向かう意欲が湧いたり・・・ガンと告げられれば至極あたりまえの反応だと思います。そんな杉浦さんに、どんなことがガン治しの強力なモチベーションになったのですか?
 
杉浦さん
先ほどお話したガンに罹った友人のために、ガンが治った人のことが載っている本を読んで勉強したことがありました。それを思い出して、「ああ、まったく悲観することはないんだ」と希望の糸を手繰り寄せました。
 
小澤
実例があるというのを知るだけでも光明ですね。
 
杉浦さん
それと両親の無条件の愛情を感じたこと。
 
小澤
当時は28歳ですものね。そりゃ、親としては順番がちがうぞと・・・。
 
杉浦さん
ガンになって、やっと親の真の愛がわかったんです。
 
小澤

というと?
 
杉浦さん
僕は子供の頃から人の顔色を窺いながら生きてきました。ずっと優等生だったのも、周囲の人の評価を得たいがためでした。僕は心のどこかで孤独感を持っていたのかもしれません。自分の価値観を抑え込み、人に合わせることで自分に目を向けてもらう。そうすることで孤独感を埋め合わせていたのでしょう。
 
小澤
今の杉浦さんからは想像できない。
 
杉浦さん
それは両親に対しても同じ心のスタンスだったのでしょう。勉強して良い成績をとって、良い大学に入って、良い会社に就職して・・・そうすることで親は喜び、僕を評価し、愛してくれると思っていた。
 
小澤
その人が評価する条件を満たせば愛してくれると無意識に思い込んでいた?
 
杉浦さん
その意識が、就職してからの仕事ぶりにもきっと影響したんですね。仕事、仕事、仕事・・・睡眠時間を削り、帰宅してからも休日も仕事優先。風邪ひいて40度の熱が出ても休まず栄養ドリンク片手に突っ走ってました。
 
小澤
24時間働けますかぁ~~~というCMがありましたね。(笑)
 
杉浦さん
あれは僕のCMですね。(笑) モーレツに仕事して成果を出せば、親も上司も満足だろうと。
 
小澤
我が息子がガンとわかったとき、お父さんとお母さんはどんなご様子でした?
 
杉浦さん
動揺はしていたでしょうが、冷静でしたね。入院してる間、毎晩、車で1時間かけて見舞いに来てくれました。両親の姿から、「なんとしても息子を助けたい」という気持ちが痛いほど伝わってきました。そのとき僕は、両親からこんなにも愛されているんだと実感したんです。
 
それなのに僕は、優等生や優秀な社会人にならなければ両親は喜んでくれないという意識に囚われていた。親は僕が生きているだけで嬉しいのに・・・。
 
小澤
心も体も無理してた・・・それが原因?
 
杉浦さん
自分でもなるべくしてガンになったな、そう思います。

杉浦貴之
歌いますッ!
 

◆ガンはメッセンジャー◆
 
小澤
そうすると、ガンが「お前、ちょっと思い違いしてるよッ!」って気づかせてくれたようなものですね?
 
杉浦さん
まさにそうです。何かを成し遂げたら幸せになれるのではない。いま生きていること自体がすでに素晴らしいことなんだと。ガンはそれを伝えたかった、それを伝えるためのメッセンジャーだったと気づいたとき、ガチャン!と治るためのスイッチが入りました。

「絶対この病気を治してやる!」
 
小澤
その意識の変化は、どんなことをもたらしましたか?
 
杉浦さん
とにかく動き回りました。患者会の勉強会への参加。ガン闘病記を読んで著者に会いに行って直接話を聞いたりもしました。
 
小澤
わざわざ出かけて行ったのですか?
 
杉浦さん
ええ。まだ手術後の抗ガン剤治療中で、体調が良くない時でしたけど。抗ガン剤の副作用で眉毛や髪の毛が抜けてましたが、母親の眉墨を借りて眉を描き、帽子を被って新幹線に乗って行きましたよ。
 
小澤
ええ~。それはスゴイ! 大丈夫でしたか?
 
杉浦さん
母親は、「もう少し体調が戻ってからでいいじゃないッ」って心配しましたが、僕は「いま行くべきだ!」という心の声に従いました。体験者の生の話には、ホント勇気づけられました。
 
小澤
その経験が、後に情報誌「メッセンジャー」発刊へと導くわけですね?
 
杉浦さん
僕もガンの先輩方に助けられたので、後輩たちの力になれればと思い、手がけることにしました。多くの人に支えられて元気になったので恩返とおすそ分けですね。メッセンジャーを読んで、元気がでた、笑顔になった、という人が増えてくれたらこんな嬉しいことはありません。
 
小澤
そして、ガンが何を伝えようとしているのか? ガンの声に耳を澄ます。
 
杉浦さん
ガンや自分の心身が発する声を“素直”に聴いてみる。素直になると、メッセージが聴きとれます。素直になると、どんな行動をすればいいか自ずとわかります。
 

◆命はやわじゃない!◆
 
小澤
杉浦さんは「メッセンジャー」の編集・発行以外にも、講演やライブ活動を行っていますね? トーク&ライブというスタイルで歌も歌われる。もともと音楽活動をしていたんですか?
 
杉浦さん
いえいえ、カラオケではよく歌ってましたけど。(笑)
 
小澤
今は仲間のミュージシャンのおかげでCDも出していらっしゃる。

杉浦貴之
アルバム『Life is Strong』
*テレビ出演の動画はこちら!

 
杉浦さん
当初講演を頼まれた頃は話すだけだったんですが、あるとき歌ってみたらけっこう受けて場の雰囲気も柔らかくなった。聴衆の反応がよかったんで図に乗り出した。(笑) 
 
*対談は4月27日。ちょうどGW明け(5月8日)に稲沢市のトーク&ライブがあるというので実際に行ってみた。(トーク&ライブの記事はこちら!) 闘病体験や、ガンから教えてもらった思いや生き様を歌にしている。杉浦さん、声がまた魅力的!

杉浦貴之杉浦貴之
コンサートの模様                情報誌「メッセンジャー」とCD
 
小澤
メッセンジャーやトーク&ライブの活動を通じて、最も伝えたいことは何ですか?
 
杉浦さん
『命はやわじゃない!』 僕はガンになってからのほうが明らかに生きているのが楽しくなった。ガンになった時、正直ちょっとホッとする気持ちもあったんです。それまで無理に無理を重ねて走り続けてきた。自分のためでなく、人のために人生をすり減らしてきた。病気にでもならないとブレーキが掛けれなかったんでしょう。お医者さんにガンと言われて、「ああ、これで休める」って。
 
命は時に“病気”というメッセージにして、己が命を守り、命を輝かせようとする。凄いじゃないですか。
 
小澤
すさまじく、すごい。
 
杉浦さん
ガンが気づかせてくれて、今は本当の自分、本来の自然な自分を生きています。結局、自分の人生を取り戻したことが、余命宣告のガンにもかかわらず、10年以上たった今日、再発もせず元気に過ごせてるんだと思います。
 
小澤
元気ついでに、今年の12月には、ホノルルマラソンツアーを企画されているようですね?
 
杉浦さん
はい、「がんサバイバー ホノルルマラソンツアー」です。ガン患者さん、ガン体験者、ご家族、サポーターを集めてチームを作りみんなで走っちゃおう!という企画です。誰でも参加OKです。
 
小澤
杉浦さんご自身も3度ホノルルでフルマラソンを完走してるんですよね。
 
杉浦さん
2005年、2008年と去年の12月です。
 
小澤
フルマラソンを走れるほど元気になった?
 
杉浦さん
小澤さん、それは違うんです。走れるほど元気になったんじゃなく、走ったから元気になったんです。
 
小澤
なるほど。からだが元気になること、楽しくなることを、やる。それが杉浦さんの元気の秘訣ですね。
 
杉浦さん
ガンになったおかげで、ガンになる前よりずっと元気になりました。支えてくれた人々に、ここまで生き抜いてきた自分に感謝です。
 
小澤
本日は、ご協力どうもありがとうございました。


【編集長感想】

まだ40歳前の杉浦さんですが、この年齢にしてこれほど生きること、人生のこと、命のことに向き合っているのは、他でもないガンを経験されたからでしょう。

テーブルを挟んで1時間ほどお話を伺った のですが、実はその10日後に聴いたトーク&ライブ(稲沢)での歌と語りが強く印象に残っています。ぜひライブで彼の魂が発するメッセージを思う存分浴びてください!

◆杉浦貴之さんのホームページはこちら!
「メッセンジャー」の申し込み、トーク&ライブ情報、ホノルルマラソンツアーな詳細など掲載されています。

◆杉浦さん出演(日本テレビ)動画紹介ページはこちら!

【追記】
2010年 「命はやわじゃない」 がんサバイバーホノルルマラソン 約80名完走 おめでとうございます!杉浦さんからお写真提供いただきました。

がんサバイバーホノルルマラソン2010がんサバイバーホノルルマラソン2010
がんサバイバーホノルルマラソン2010
がんサバイバーホノルルマラソンの模様は、
2011年1月22日14:30~15:00 テレビ愛知
2011年2月19日13:53~14:23 テレビ東京
にて、ドキュメンタリー放映されます

*杉浦さんのサイトのホノルルマラソン日記はこちら!




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