再発・転移・進行・末期のガン対策

ガン体験者との対談

永友宇多子さん 乳ガン

ガンのおかげで私の細胞はにこちゃんマーク!
2012年2月 京都駅にて

永友さんとは何度かメールでやり取りしていたのですが、偶然にも昨年11月に姫路の患者会でお会いしたのです。初対面のとき、メールからイメージされる人物像に近いという印象でした。行動的でさっぱりしてて、ズバッとした物言いに加えツッコミも鋭い。(笑) いずれ体験談をお伺いしたいと思っていましたが、京都での講演会(ガン患者の会 ASUKA主催 島袋隆医師)に参加される折に京都駅で再会を果たしました。

永友宇多子さん 乳ガン
こんな景色が眺められる場所でお会いしました


◆ガン情報を集め出したら怖くなった◆

小澤
こんにちは。ここの場所わかりにくかったですか?

永友さん
いや、わかりましたよ。ところで、私の体験は、そんなドラマチックじゃないけどいいの? 末期ガンから劇的に生還しましたっ、という話ではないし。(笑)

小澤
たとえガンの種類や病期などが同じであっても、ガンのストーリーは十人十色。いろいろな体験に触れる機会があることは、いまガンでお悩みになっている方にとって貴重だと思います。宜しくお願い致します。

永友さん
承知しました。で、なにから話しますか?(笑)

小澤
まず、経緯から。

永友さん
2002年の3月11日に手術しました。期待されるような4期ではなくて(笑)、初期の乳ガン。

小澤
そんな期待していませんから…(笑)。どうようにしてガンは見つかったのですか?

永友さん
2年前の検診ではなんともなかったのですが、ふと自分で触れてみたら「アレッ!」という感触があって、病院に行って調べてもらったら(右乳房)1.2cm×1.2cm。

小澤
びっくりしたでしょう。

永友さん
いや~、ガンと告げられても別に頭の中が真っ白になることもなくて、ただ「へ~、ガンなんだぁ」と言ってるあいだに手術も放射線も終わった。

小澤
あっさりしてますね。

永友さん
8日目で退院したから、盲腸の手術程度の感覚ですね。

小澤
ガンに対する恐怖心はなかったのですか?

永友さん
身内にも身近にも、ガンの人がいなくて。ガンについて無知だったから、「ちょっと大変だなぁ」くらい。

小澤
「知らぬが仏」ですね。

永友さん
33年働いてきた私にとって、病気療養といっても初の長期休暇をもらったようなもの。術後のリハビリは必要でしたが、体も口も食欲も元気。(笑)時間があるものだから、自分が罹った「ガン」について調べ出した。

小澤
知識を仕入れる前に治療が終わっちゃいましたものね。

永友さん
怖くなった。

小澤
遅かったですね。(笑)

永友さん
ネットや書籍で知識が増えるにつれ、段々と不安と恐怖が沸いてきたことを思い出します。「ガンで死ぬ人ってこんなに毎年増えてるんだ!」「ガンって再発、転移する人もたくさんいるんだ!ステージは関係ないんだ!」

小澤
世の中、恐怖心を増大させるガンについての情報がいかに多いかってことでもありますね。これもまぁ、問題ですが…。

永友宇多子さん 乳ガン
永友宇多子さん(右)と講演会にご一緒されたお友達の本田さん


◆ガン体験者が発信する「治る情報」◆

永友さん
「手術も放射線治療もしてもう治ったのだから」と思っている自分がいましたので、知れば知るほどこれは放ってはおけないと思いました。なにか手を打たなければと探しあてたのが、ある患者会でした。そこには「治る情報」が掲載されていた。再発や転移でもなんとかなるのだと思った。じゃ、それにはどうしたらいい?となるでしょ。だからその会に行ってみました。

小澤
怖い情報に恐れ、治る情報に希望を持つ。なんとも素直な性格ですね。(笑) しかも行動に移すのが早い!

永友さん
患者会の大阪支部会に3年間休まず出席しました。


小澤
どんなことをされましたか?

永友さん
私、素直だから(笑)、よさそうなことはなんでもやってみました。玄米菜食、酵素ぬか風呂、香気浴、温泉、足湯、びわ温灸、つめもみ、足つぼマッサージ、笑い、エステ、ウオーキング、ジム、登山、ワークショップ、ヒーリング、瞑想、占い、神社めぐり、森の中に行くのが大好き!

小澤
寝るヒマないくらいですね。(笑)

永友さん
全部並行してやっているわけではないけど、とにかくやってみないとわからないでしょ。その中から自分に合うものを選別すればいいもの。

小澤
同じ患者さん仲間から影響受けましたか?

永友さん
患者会で、ある女性との出会いがありました。その方は私より一歩先行く元気なガン患者さんで、会の冊子に手記を載せられていました。その手記の文中に「あなたは必要だからここに居る」という一行がありました。その女性もガンを経験され、いろんな工夫をされ、身体に優しい治し方を実践している素敵な明るい女性です。「そうか!私は必要だから、何かお役に立てることがあるからここに元気で、これからも元気で居ることが出来るんだ!」なんだか感動と言うか、不安と恐怖でいっぱいだった私にとって、頭の中でモヤモヤしていた考えが腑に落ちてスッキリしたような気持ちでした。

小澤
同じ病気の体験者と会って交流することほど、世間に流布しているガンの「怖いイメージ」を低減してくれるものはありませんよね。これは一般に医療機関ではできないこと。前向きな患者会ならではの成果です。

永友さん
他にもいろんな方と出会い、いろんな知識を得て、楽しくその患者会に出かけていました。

小澤
永友さん自ら治る心身環境をつくっていったのですね。

永友さん
ええ、だから体に優しい治し方をしたいと思うようになり、経口抗ガン剤とホルモン剤の服用を止めました。

小澤
手術後の化学療法とホルモン療法をされていたのですか。

永友さん
主治医に再発転移予防のため5年間しっかり飲んで下さい、と言われました。素直だから(笑)、せっせと3ヶ月飲みました…でもいろいろ勉強して自分の判断で飲まないことに決めたのです。主治医には、自分の主張を言ってもしょうがないと思って、診察の度に薬の処方箋はもらいました。でも薬を受け取りには行きませんでした。


◆ガンのおかげでニコニコ! ありがとう!◆

小澤
ところで永友さんは、ご自身のガンについてどうお考えですか?

永友さん
原因探しもしましたよ。う~ん、仕事かな。

小澤
キツイ仕事でしたか?

永友さん
働くこと自体は嫌でもなんでもありませんでした。夫と合意のうえ共働きを続けたし、子ども3人の子育てや家事との両立も苦になりませんでした。ただ、2年ほど自分の性に合わない職場に配置されたことがあり、それは苦痛でした。

小澤
どんな職場環境でした?

永友さん
私はずっと精密機械の設計製図・生産管理に携わっていました。そこは男性社員ばっかりで、女性は私一人だった。

小澤
紅一点ですね。

永友さん
ところが会社の事情で、女性ばかりの職場に異動になりました。ずっと男の中で仕事してきた私には、女性特有の人間関係に対する免疫がなかった。

小澤
ははぁ。なるほど、そこでの人間関係がストレスだったのですか。

永友さん
あまりにその場の居心地が悪いものだから、「ちょっとした怪我でもして1週間ぐらい休めたらいいのになぁ」なんて度々思っていたのですよ。(笑)

小澤
そうしたら、願いが叶っちゃった。(笑)

永友さん
逃げたかったのよね、そこから。ガンというかたちで実現しちゃった。(笑)

小澤
でもまた職場復帰されたのですよね?

永友さん
そこまでして働かなくても…と、迷いましたけどね。同じ環境に同じ(自分の)状態で戻ったら、また同じことになると思いました。だから考え方を変えることにしました。

小澤
職場環境が変わらないなら、自分を変えようとされた?

永友さん
指示待ち的な仕事ぶり、なんでそんなこと口に出す…ガンになる前は目についたり耳についてウンザリ、イライラしていたことに固執しないようにしました。どうでもいいようなことはスルーできるようになった。

小澤
永友さんが全部背負って肩肘張らなくても、なんとかなる。

永友さん
気楽に捉えられるようになりました。そうこうしているうちにまた元の男性ばかりの職場に配置転換になりましたけどね。そこで定年を迎えました。

小澤
修業期間が終わったのですね。(笑) 

永友さん
今はガンちゃんに感謝です。日常の些細なことにも素直に感謝できるようになりました。「ガンちゃん10年前すてきなメッセージをありがとう。素晴らしいきっかけをありがとう」です。今、私の一個一個の細胞は、毎日にこちゃんマークです。

小澤
永友さんのお顔のように細胞もニコニコなのですね。ご協力ありがとうございました。



【編集長感想】

永友さんは、とにかく“素直”です。素直っていうのは、「信じることができる」ということですね。それは物事を“鵜呑み”にするのとは違います。ある物事を選択したとしても、物事自体を信じたのではなく、それを選択した自分を信じている。つまり自分で下した決断に責任を持ち覚悟を伴っている、ということなのだと思います。


永友宇多子さん 乳ガン
3人でパチリ

【追記】
乳ガンの手術から10年を振り返って、永友さんが送ってくださった手記から以下抜粋させて頂きます。

今回、10年を振り返るにあたって、「たくさんのすてきな人たちと出会い、すてきな感動をもらい、感謝がいっぱいの10年でした」たくさんの感動と感 謝の中、3つ心に残ることがあります。

一つ目は、私がガンをして1年目、主人が余命3日と宣告されました。少し体調を崩し病院にかかっていましたが、なかなか回復せず、検査入院をしているときに大吐血!1600ccの輸血。手術室から出てきたときは、生きてるの死んでるの!朦朧とするってこういうの!大きないびきをかいている。管がいっぱい繋がれている。夜も眠らずに付き添った。1日目が過ぎ、2日目が過ぎ、3日目、朦朧としている。4日、5日目「水が飲みたい」と。スプーンに2杯だけ。7日目「座りたい」と。10秒も座れません。その後何度もベッドの上で座り始め3分くらい座れるようになった。私は何を思ったか、手から出る氣で病気を治すある医者の本を読んだことがあったので、主人の背中に向かってやっている自分がいた。そして、10日が過ぎた頃、主治医が「不思議なんですが、私たちの見立て違いのようです」と、頭を下げた。助かるんだから主治医に「ありがとうございました。たくさんの出来ること精一杯していただき感謝しています」と伝えた。辛かったけど主人にも主治医にも感謝でいっぱいになりました。そして、この4月で63歳の円満退職です。その時は、主人も一生懸命働いていましたので、ちょっと休みなさいというメッセージだと思っています。


二つ目は、主人も落ち着いた頃、山登りの友人が「そろそろ高い山に行くよ」とのお誘い。栃木県の男体山、標高約2500mと草津白根山約2170mに2泊3日で。歩いていないし、体力ないし、出来ないこといっぱい集めていました。前日に、「明日、参加不参加の連絡するけどどうする?」って電話があった。「行く」って言った。なぜか分らないけど行くと言った私がいた。そして当日、登山が始まった。総勢30人、その中に山仲間の女性4人入れていただいた。迷惑はかけられないと登り始め、中腹を過ぎ、あと15分ほどで山頂。自分なりに良く頑張っている。そんな時、腹痛!辛かった。休み休み山頂を目指すも足が進まない。友人が付いていてくれたが、先に登って遅れることを告げてもらった。あと10分位の時、リーダの男性が3人下りて来て「大丈夫!」と。やれやれと思っていると、リーダーの一人が「私たちがリュックを持って、おんぶして登ることも出来ますが自力で登られますか?どうされますかあ?」「ええっ!」って感じ!遅れてるし迷惑かけてるし、どうしようかと意識朦朧の中、「自力で登ります」って言ってしまいました。その時、自分の足で登らないとガンに負けると思ったんですね。ガンと闘ってるんですね。気が強いんですね。きっと!そして、あと5歩で山頂の時、待っていてくれた友人が駆け下りて手を差しのべようとしてくれました。またリーダーが。「自力で最後まで登らせてやれ」って…(涙)そのリーダって今考えるとすごい方ですね。そして山頂到着。友人たちが「ようやった!えらかった!」と闘病を全部知っている友人たち。無事、下山して草津温泉に入り、翌日、白根山にも登りました。諦めなければ、小さな辛い辛い一歩でしたが、必ずめざす場所に届くんだ!嬉しくて感動感謝でした。一人では出来ない。たくさんの方に感謝です。


三つ目は、ガンをして6年目。京都のがん患者会ASUKAの主催された岡部明美さんの講演会に行きました。脳腫瘍から生還。今はワークショップトレーナやセラピスト、カウンセラー、文筆家でもあります。
講演会を聞いて感動。「これは一人でもたくさんの方に伝えたい」と思い、「姫路にも来てくださいと」と直接電話して来ていただくことになりました。「でも、私、組織もないし、友人もあまりいないし、20人か30人位でもいいですか」と言うと「いいですよ」と返事をいただき、日を決め、チラシを作り、会場当たり。一人で忙しい日々を送っていました。会場がなく、200人の会場を予約。そして、日程は1月20日。たくさんの方にお願いをしてチラシ配布。その内たくさんの協力者が現れ、30人が60人に。そして、講演会の2週間前に100人になりました。驚いたのは、私と岡部明美さん。101匹目の猿現象です。四国、岡山、京都などあちらこちらからの参加。そして、余命宣告された腎臓がんからの生還者、シンガーソングランナー、メッセンジャーの編集長の杉浦貴之さんにもゲストで来ていただく話になった。杉浦さんは、わたしが所属していた患者会が同じことが分りました。その会場にはなぜかピアノがある。隣の市(加古川市)に左ひじ欠損の障害を持つ6年生のピアニストがいる。ゲストで参加してもらおう!と。交渉を進め、ついに当日が来ました。当日は、大雨と大風!それも寒い1月。どうなることかと!そんな中、続々と人が。無事、杉浦さんとピアニストのライブも終わり、岡部明美さんの講演も終わりました。雨も風もすっかりおさまり、たくさんの参加者の皆さんと握手したりメッセージをもらいました。結果的には、162人の参加で私は、きつねにつままれたような、でも幸せな気持ちでいっぱいでした。ある方が、「30人といいながら200人の会場。あなたの強い想いが、エネルギーが人を動かしたんですね。宇宙からの応援があったんですよ。おめでとう!」っていっていただきました。嬉しかった。これもたくさんの皆さんの応援と繋がりで助けていただき感動と感謝と幸せでした。

 




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