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再発・転移・進行・末期のガン対策

ガン体験者との対談

入山和正さん 多重ガン(前立腺ガン・脊椎転移、胃ガン)

1ミリ単位の前進
2012年6月 名古屋市にて

患者会の会場に入ってこられた姿からは想像もつきませんでした。脊椎転移で胸から下が麻痺状態だったとは。車椅子で余命1年の診断からもうすぐ2年。入山さんは杖を持つこともなく、治癒への道を自分の足で歩んでいます。

入山和正さん
今年70歳になられる入山和正さん



◆3つのショック◆

小澤
こんにちは。今日はご協力ありがとうございます。

入山さん
こちらこそ。それにしても、私はまだ治り切ったとは言えない身ですが、それでもいいのですか?

小澤
はい。先般お伺いしたご回復ぶりは、同じような状況にあるガン患者さんにとって、すごく励みになると思います。宜しくお願いします。

入山さん
特別お話しするようなことはないのですが…ありのままを申し上げます。

小澤
ありがとうございます。では早速ですが、発病後の経過をお聞かせください。

入山さん
一昨年(2010年)の7月15日に救急車で病院に運ばれました。前日の夜に急に胸から下に力が入らなくなって倒れ、起き上がれなくなってしまったのです。トイレもなんとか腕を使って匍匐前進の始末。搬送先の病院で脳の検査をするも異常が見つからない。これは脊椎に腫瘍があるかもしれない、ということで脊椎腫瘍専門の整形外科医がいる病院に転送されました。翌日には6時間の手術で切除しましたが、全部取り切ることはできず腫瘍は残りました。脊椎の手術部位は梯子状の板バネをボルトで固定しました。

小澤
突然のことでさぞびっくりされたでしょうが、前兆のような症状はなかったのですか?

入山さん
そうですね2~3ヶ月前からでしょうか、よく転ぶようになった。定年後、代々継いできた農地の世話をしていましたが、草むしりなど軽作業がとにかく億劫に感じるようになっていました。背筋が張って痛むので整形外科を受診しましたが異常はなく、鎮痛剤が処方されました。

小澤
なるほど、体の変調はあったのですね。

入山さん
手術後、整形外科の執刀医が家内に「車椅子生活になります」と告げたようです。下半身は触られている感覚まではわかるのですが、叩いてもつねっても痛みはまったく感じませんでした。

小澤
それはショックでしたでしょう。

入山さん
ええ。でもあと2つショックなことが判明しました。

小澤
というと?

入山さん
脊椎の腫瘍がどうしてできたか? 転移であれば原発はどこなのか?ということで全身検査しました。予想通り前立腺からの転移であることがわかりました。(進行度)ステージ4bと診断され、泌尿器科の医師は余命1年と言いました。

小澤
これが二つ目。三つ目のショックは?

入山さん
これとは別に、胃に2cmの腺ガンが見つかりました。

小澤
前立腺とは別々に発生したということは、多重ガンになりますね。3発くらっちゃった!(笑)

入山さん
そう、3発強烈なのをくらいました。(笑) 自分の体に起きている全体像がわかるまで1ヶ月ほどかかりました。

小澤
前立腺や胃に自覚症状はなかったのですか?

入山さん
とくに胃の症状はありませんでした。食欲もありました。今から思うと、小便に時間がかかり、尿に勢いがなかったですね。それと夜間に3回くらいおしっこに起きました。痛みとかはなかったので、老化現象だと思ってさほど気に留めませんでした。実父を前立腺ガンで亡くしていますが、よもや自分がなるとは・・・思いもしませんでした。

入山和正さん
さすが元高校教師 療養記録を用意してくださいました。感謝。


◆歩きたい一心でリハビリに励む◆

小澤
余命1年と聞かされた時は、どんなお気持ちでしたか?

入山さん
主治医は深刻な面持ちで告げましたね。1年と言われた時は、ぞぞぞ~と背筋が寒くなりました。遺産のこと、家の始末、田んぼのこと、家内のこと、娘のこと、庭の毛虫のこと(笑)…身辺整理あれこれが頭の中を駆け回りました。

小澤
パニックですね。

入山さん
それでも2~3日すると、忘れちゃって。(笑)

小澤
結構あっさり頭の切り替えができたのですか?

入山さん
とにかく、自分の動かなくなった体をなんとかすることばかり考えていました。

小澤
ガンのことより、麻痺した体を動けるようにしたいと。

入山さん
家のこともどこかに飛んでいってしまいました。(笑) 後で家内や娘に聞くと、町内の事やら、農協、庭木、見舞いの対応など、テンヤワンヤだったそうです。
ガン対応の担当者も僕より家内でした。(笑)

小澤
手術後、追加の治療などはなかったのですか?

入山さん
ホルモン療法だけです。ホルモン療法が一番いいと言われました。放射線はもうできない状態でした。

小澤
麻痺して動かない体に失望しませんでしたか?

入山さん
僕はなぜかわかりませんが治ると思ったんですね。呑気なのかもしれませんが。(笑) 

小澤
それで入院中からリハビリに励むことができた。

入山さん
起き上がること、歩くことには一生懸命でした。最初の3日くらいは、療法士さんが足をマッサージしてくれました。それがスタートで→体を起こす→車椅子への移動→平行棒での歩行→歩行器での歩行、と機能回復訓練をしました。9月12日の退院時には、なんとか歩行器で200m歩けるようになっていました。

小澤
入山さん自身、いろいろ工夫されたのでしょうね。

入山さん
コツをつかむこと、できやすいように工夫をするようにしました。ベッドから車椅子に自力で乗り移るにも、位置や角度を微妙に調整しました。痛まないような体の起こし方、移し方を覚えれば自分でできます。病室でも必要な物を取るのにいちいち看護師さんを呼ばずに済むよう配置を考えました。

小澤
とにかく自力でやりたかった。

入山さん
はじめ平行棒は大変でした。踏ん張って立つことができない。看護師さんにも一人でやってはダメよ、と念を押されていました。少しずつできるようになるにつれ、自分一人で5mの平行棒が歩けるようになりました。歩行器で歩行できるようになってからは、リハビリ時間以外にも院内を歩き回りました。

小澤
ただ、自宅に戻られると病院のような環境とはいきませんから歩きにくかったでしょう?

入山さん
娘が早めに介護認定の手続きをしてくれて、手すりなど設置してくれました。環境が整ってから退院しました。


◆排泄機能も回復◆

小澤
他の機能はどうでしたか?

入山さん
排泄がダメでした。導尿と浣腸を看護師さんにやってもらっていました。排泄もなんとか自力でしたかったので、イメージトレーニングをしました。

小澤
どんなイメージトレーニングですか?

入山
とにかく便が出るイメージです。出る、出る、出る。(笑) 2週間くらいすると下剤を使って排便ができるようになりました。しかし導尿については、「退院 してからは鏡を見ながら自分でできるようにしてください」と看護師さんに指導されました。

小澤
自力でおしっこは無理だと判断されていたのですね。

入山さん
「なんでこんなことして小便しなければならないんだ」と思いましたね。絶対イヤでしたから、自分に暗示をかけるように出るイメージをして、水分の摂り方…量や時間…などを工夫しました。そうしたらある時、ちょん!と少し出た。

小澤
自力で出た!?

入山さん
先っぽの栓が抜けるみたいに。うれしかったですね~。それから少しずつ小便の量が増えていきました。それでも導尿は続きましたが、泌尿器科の先生が排尿後の残尿量が50cc以下になったら導尿は要りませんと言うので、それを目標にしました。

小澤
そして遂に導尿が要らなくなった?

入山さん
手術して7週間経っていましたね。

小澤
リハビリをコツコツ続けて体が動くようになったことで内臓の動きも良くなっていったのでしょうね。

入山さん
そう思います。


◆とにかく自分のことは自力でしたい!◆

小澤
退院後はどんな生活をされたのですか?

入山さん
介護施設に週2日通いました。ストレッチ、マッサージ、自転車こぎ、階段昇降、散歩。ヘルパーさんは作業時間が限られているので手伝ったほうが早くできるのでしょうが、私は迎えの車に乗るにも靴下履くのでも、自分ひとりでやりたかった。ヘルパーさんにはそういう意味で迷惑かけました。(笑)

小澤
ヘルパーさん、やきもきしたでしょうね。(笑)

入山さん
介護施設に行かない日は、歩行器や杖でできるだけ歩きました。退院して1週間ほどで杖に切り替えましたが、はじめは杖の突き方がよくわからなくて危なっかしかったです。家内に付き添ってもらい公園に行って徐々に距離を伸ばして行きました。

小澤
杖を手放したのはいつ頃ですか?

入山さん
去年の5月か6月だったと思います。あとは治療院で食事療法、温熱療法などを並行してやっています。最近、笑いヨガにも行きました。
(初めの1年毎日通った治療院は、治療時間も含めて往復7時間かかった。入山さんは一人で歩けるようになってから自動車ではなく公共交通機関を使って通院された)

小澤
入山さんは、自助療法や現代医学以外の療法などにも積極的ですね。

入山さん
病院の治療はホルモン剤を続けていますが、退院して1年経った頃、余命が同じようなガンだった人たちが相次いで亡くなりました。やはり自分のガンは自分で治さなくてはと思いました。それで家内や娘たちも協力してくれて、情報を集めてくれました。当初は本や新聞、ネットですが、患者会の存在を知って集まりに出向くようにしました。

小澤
そこでまた生の情報に接して、自分がいいと思ったものを実践されたのですね。

入山さん
ガンを治した人の体験談ほど勇気づけられるものはありません。いまガンで悩んでいる方がいたら、そういう会へ参加されたらいいと思います。僕は家に閉じこもらないように心がけ、そういう会にどんどん出かけました。

小澤
現在、入山さんのガンはどうなっているのですか?

入山さん
前立腺ガンはPSAが0.6です。脊椎に残ったガンは石灰化しています。胃の2cmのガンはそのまま変わっていません。

小澤
安定していますね。

入山さん
孫が大学出るまでは生きたいんですよ。孫がね、「おじいちゃん、大学の学費よろしくね」って…当てにされてるもんですから。(笑)


入山和正さん
取材の後ご一緒した患者会「語りあい」会場でパチリ

 

【編集長感想】

「愚直にやっているだけです」と謙遜する入山さん。人の手を借りず、自分の力で立ち上がり、歩くことを目指した。亀よりもゆっくりな《1ミリ単位の前進》であっても、自分の足で踏ん張り歩みたかった。願いはガンをどうこうするよりも、自分の足で歩くこと。それがまさに入山さんにとっての「生きること」であり「ガンを治すこと」になったのですね。ありがとうございました。

(追記)
抗ガン剤ができなかったことで、体調・体力を損なわずにリハビリに励むことができたのも良かったのではないか、と思います。(本人・編集長)









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