再発・転移・進行・末期のガン対策

ガン体験者との対談

佐藤之俊さん 肺ガン再発

ガンがもうひとつの大きなシコリを消してくれた!
2012年6月 大阪難波にて

仕事に向かう前にスーツ姿で登場の佐藤さん。その生活していたらガンでなくとも何か病気になっていたでしょう…という壮絶な人生を隠すことなく語ってくださいました。「反省することが一切なかった、ホント自分は嫌な人間でした」 そんな佐藤さんのガン克服体験です。

佐藤之俊さん 肺ガン再発
取材場所は大阪 なんばパークス



◆不仲の女房が泣いた…◆

小澤
お仕事の前にお時間割いてくださってありがとうございます。宜しくお願い致します。

佐藤さん
こちらこそ宜しくお願い致します。

小澤
早速ですが、佐藤さんのガンの経緯をお聞かせください。

佐藤さん
2005年の8月に肺ガンが見つかりました。

小澤
自覚症状はあったのですか?

佐藤さん
仕事でお客さんとゴルフやテニスをした際に右肩に痛みを感じていまして、整骨院に通いましたがなかなか治らなかった。それで整形外科に行ってレントゲンを撮ってもらったら、ガンらしい影が映っていました。

小澤
整形外科では治療できないものが見つかった。

佐藤さん
紹介状を書いてもらって市民病院の呼吸器内科を受診したら、担当医が画像見た途端、ここより肺専門の病院のほうがいい、ということでまた別の病院に行きました。

小澤
肺専門ですか。

佐藤さん
ほぼ肺ガン患者で占められている病院です。初診では、もっと詳しく調べたいので1週間検査入院してほしいと言われました。ただ、画像に映ったガンが大きかったからか、もし仕事関係などへの挨拶があるようでしたら済ましておいてください・・・と。

小澤
初っぱなから、そんなこと言われたのですか!

佐藤さん
検査入院ながらも、そのまま治療開始となれば1週間では退院できないと主治医は想定したのだと思います。そんな雰囲気でした。

小澤
結果はどうでしたか?

佐藤さん
右の肺腺ガン 2期aでした。確定しなかったのですが骨に転移が疑われるのと、ガンが上大静脈に張り付いているので、すぐに手術はできない。抗ガン剤と放射線で治療しましょう。ただ、「だいたい1年くらいと思ってください」と付け加えられました。

小澤
診断とともに余命まで告知されたのですか。それを聞いて佐藤さんはどんなお気持ちでしたか?

佐藤さん
実は、「ああ、そんなもんなのかなぁ」という感じでした。というのも、その頃の生活はとても乱れていたので、「これはしゃあないな」と半ば諦めの気持でした。

小澤
そんな気持ちを翻すことになった理由、どんなことだったのですか?

佐藤さん
生活が乱れていた上に、夫婦仲が冷え切っていました。何年もまともに話すらすることなかった。そんな夫婦関係だったにも拘わらず、家内が主治医の告知を聞いて泣いたんです。

小澤
不仲になっていたから、奥さんがそんな反応を見せるとは佐藤さんは思ってもいなかったのですね。

佐藤さん
その時、私は仕事を3つ掛け持ちしていました。10年前に居酒屋を開業し、昼間は保険の仕事、さらに友人と投資関係のビジネスもしていました。

小澤
それはハードですね。

佐藤さん
それ以前は、20年ほどサラリーマンをしていました。退職して独立し、居酒屋も始めることも、家内には事前に相談すらしませんでした。

小澤
奥さんにしてみれば、一大事ですよね。

佐藤さん
後から考えてみれば、そうですよね。経済面にしても、不安だったと思います。でもその大きな決断を勝手にしてからの事後報告でした。(笑)

小澤
ドラマのような展開ですね。(笑)

佐藤さん
サラリーマン時代から午前様の帰宅は当たり前。もうその頃から家内と会話することもなくなっていましたが、脱サラしてからはそれに輪をかけて不規則な生活になりました。まだ若くて無茶が効く年代でしたから、家庭の事は一切顧みず、子どもの誕生日も忘れる始末。家内との意思疎通も無くなっていきました。

小澤
佐藤さんとしては、一家の主として無茶苦茶頑張っている…と、特に罪悪感もなかったのでしょう?

佐藤さん
いま振り返ると、自分は人格が低い人間でしたね。目の前の仕事だけ追いかけ、「反省」や「謙虚」という姿勢とはまったく無縁。ただただ競争に明け暮れる毎日でした。とにかく同期の中で一番の出世頭になりたかった。

小澤
実際に実績は出されてこられた。

佐藤さん
仕事でそれなりの成果は上げていました。ただ生活は出鱈目だった。

小澤
そのツケが自分の体と家庭に回ってきた…。

佐藤さん
そういうことだろう、と自分でも思っています。体は悲鳴を上げていたのでしょう。バブルがはじけて会社の業績が思わしくなくなると、社内の人間関係もギクシャクしてきます。それなら、と自分の仕事の能力に天狗になっていたところもあり、独立しました。開業した居酒屋でも業績至上主義は変わらず、従業員にキツク当たって恨みもかっていたと思います。お前は手伝わなくていい、と言っておいた家内も人出が足りなくなれば店に出させました。私のこと、憎んでいたはずですよ。

小澤
ところが、細い糸のような絆さえ失っていた奥さんが余命つきの告知を聞いて涙した。

佐藤さん
ええ、そんなこと有り得ないと思っていたので、告知をされた時は、自分の気持より家内の涙の方が印象に残っています。

小澤
奥さんの涙がスイッチになったのですね。

佐藤之俊さん 肺ガン再発
営業スタイルで登場の佐藤さん


◆今の生活から逃れたかった◆

小澤
治療の経過はどうだったのですか?

佐藤さん
家内の判断で直ちに入院することになり、約2ヶ月かけて抗ガン剤と放射線による治療を2クールやりました。入院中は内科東4病棟に居たのですが、2ヶ月間に私の目の前を8人が仏さんとなってお帰りになられました。その他にも、夜に泣き声が聞こえてきたこともありますから、実際は8人ばかりではないでしょうね。

小澤
皆さん佐藤さんと同じ肺ガンの方ばかり。

佐藤さん
そうです。診断の時、主治医が「直ぐに入院しなくても一通り挨拶を済ませてきてからでいいですよ」というのはこの事だったのかと思い知りました。

小澤
要は念のため身辺整理してきて下さい、という意味だったのですね。同じ病気の方々の結末を目の当たりにされて、行く末が不安になったでしょう?

佐藤さん
いいえ、それが妙なもんで恐怖心はなかったですね。

小澤
それはどうしてですか?

佐藤さん
やはり家庭が乱れていたからだと思います。それと変な話、ガンになる前「いっぺんゆっくり寝たいわ」とよく口に出していました。体はしんどくて休みたがっていたのでしょう。

小澤
人間には理屈の脳があるから、そういう体の発する“本音”を抑え込んでしまうことがありますが、さすがに抑え切れない状態だったので漏れ出てきたのでしょうね。

佐藤さん
入院中親しくなった人が亡くなっても、あまり悲しいと感じなかった。感じる心も少なくなっていたのかなぁ。

小澤
そうすると、無意識ながら「今の生活から逃れたい、楽になりたい」という念が強かったのかもしれませんね。たとえそれを成し遂げる術がガンであったとしても…。


◆肺ガン再発!◆

小澤
2クールの抗ガン剤と放射線の結果はどうでしたか?

佐藤さん
ガンが1/4に縮小しました。それで外科に移って手術に踏み切ることになって、右の肺を1/3切除しました。

小澤
取り敢えず治療は成功した。

佐藤さん
主治医は「佐藤さんのガンは消化器系ではないから、何を食べてもいいですよ」と言われました。とくに注意するべきことの指導もなかったですね。

小澤
外科医としての仕事は終わった、というところですね。

佐藤さん
退院後毎月1回の検査も良好でした。ところが1年経ったので精密検査をしたところ、同じ右の肺に再発が見つかったのです。

小澤
最初にガンがわかった時と比べて、どんな受け止め方でした?

佐藤さん
手術が成功して無罪放免と思っていましたから、この時の方がショックでした。さすがに涙が出ました。ただね、だんだん生活がまた乱れてきていたのですよ。抗ガン剤治療では副作用で食欲もなく体重が減りました。(治療前70kg。ちなみに佐藤さんの身長は175cm) ところが食べ物がおいしく感じられるにつれ食事の量が増え、術後控えていたお酒も半年過ぎたあたりから口にするようになった。居酒屋は深夜1時まで営業していましたから、ちょっと立ち寄れば呑み食いもする。そして再発が見つかった時の体重は80kgでした。

小澤
ガンが発生した元の生活に戻っちゃった! それにしても80kgは、今のお姿からは想像できませんね。(目の前の佐藤さん、細身です)

佐藤さん
外科の担当医からは、肺ガンの再発は5年生存率3%くらいだ、と聞かされました。そして内科で抗ガン剤治療をしましょうということになった。

小澤
また抗ガン剤治療に逆戻り。

佐藤さん
ところが退院して1年ではまだ体力が十分回復していない(血液検査数値等で判断して)、ということで半年ほど待つことになりました。

小澤
直ぐに抗ガン剤治療をしなかった。

佐藤さん
これも運ですよね。医師の言葉尻からは再発の肺ガンに抗ガン剤はさほど効かない、というニュアンスが伺えましたから無理に急いでやらなくとも、という考えがあったのかもしれません。


◆家内の両親がガン克服のきっかけをくれた◆

佐藤さん
その時に、ある患者会のことを知りました。

小澤
どのように知ったのですか?

佐藤さん
きっかけは家内のお父さん…実は家内の両親とも仲が悪かったのですが…なんですよ。入院中にくださった健康食品のなかに患者会のパンフレットが入っていました。

小澤
そのパンフレットが目に留まった?

佐藤さん
それ見て、すぐ電話しました。そうしたら1ヶ月以内に大阪でセミナーがあって、そのセミナーに参加しました。

小澤
いいタイミングでしたね。

佐藤さん
セミナーには会の代表が来ていて、個別の相談もしてくれました。私のガンの経過を見て、「佐藤さん、大丈夫だよ。佐藤さんのガンは治ってるよ」と声を掛けてくれました。その場には、私なんかより厳しいガンを乗り越えた人達が参加していました。病院では“病人”ばかりと会っていたのに、セミナーに来ている方々はガンでも元気で明るい。

小澤
現実にガンを克服した人達の存在を知り、直にお会いするというのは何よりの励みですね。

佐藤さん
そうなんです。まさに目から鱗! 病院の先生に頼りっきりだったのが、自分で治せる可能性がある!! 帰りは地下鉄の階段を2段飛ばしですわ。(笑)帰宅して家内に意気揚々と報告したのを覚えています。

小澤
でも佐藤さん、よくそのパンフレットを見てすぐさま行動に移されましたね。訝しく思ったりしなかったのですか?

佐藤さん
なにせ、5年生存率3%…病院ではダメだしされたようなものです。入院中に患者がバタバタ逝くのも見ています。

小澤
このままじゃ、ダメ…だと。

佐藤さん
なにか違う手立てを講じなければ、というところに患者会のセミナー情報が舞い込んだ。

小澤
佐藤さんは、それをキャッチした。そこが偉いですね。掴み損ねて、通り過ぎてしまう人も多いですから。本当に自分にとって必要な情報なのに。


◆もっと大きなシコリを消してくれたガン◆

小澤
パラダイムシフトとも言える意識の大転換は、佐藤さんの日常生活をどう変えたのですか?

佐藤さん
まず、10時就寝、5時起床。

小澤
おおッ!(笑)

佐藤さん
食事は玄米菜食。5時に起きて近くの公園でアファーメーション。「治る!!」「治る!!」ってやってました。(笑) それから1日1時間のウォーキング。半身浴。爪もみ。腸もみ。

小澤
失礼ながら…あの出鱈目な生活が一変した。

佐藤さん
とにかく続けました。そうしたら3ヶ月後の検査で、ガンが消えていた。主治医も首をかしげていました。

小澤
結果的には、体力に不安があるということで抗ガン剤をしなかったことが、生活習慣を変える機会を与えてくれたわけですね。

佐藤さん
そういうことです。入院中知りあった同じガン患者17人。2年前(2010年)の時点(退院後約4年)で生存しているのは私を含めて2人でした。主治医は肺ガンの手術では日本で5本の指に入る先生ですよ。

小澤
そうすると奥さんの親御さんは、佐藤さんの命の恩人ですね。

佐藤さん
不思議なものですねぇ…。いや実はね・・・、家内とは反対を押し切って結婚したんです。祝福なき結婚。結婚式は私と家内と友人だけ。家内のご両親は式に出ていません。スタートから家内には不安な生活を強いてきたのです。

学生時代から家内とは同棲していて、社会人になる1年前、家内のご両親と大喧嘩してしまいました。ですからずっと断絶状態。まったく行き来がなかった。初孫となる長男が生まれても見せに行ってない。ところがたまたま長男が生後半年の頃だったと思いますが、梅田の百貨店に行くのに電車に乗っていましたら、同じ車両に家内のご両親がいらした。そこで渋る家内を説得して長男を見せに行った。もちろん私は行かず、家内と長男だけですが。それから家内は実家にも顔出すようになりました。

小澤
ガンになってからは、奥さんのご両親との関係も変わったのですか?

佐藤さん
病気になる前までは、相変わらず年始の挨拶にも行かない始末でした。でもガンをきっかけに、それまで私にはなかった「謙虚」「反省」「命には限りがある」ということに気づき、さらに本を読んだりしていろいろ勉強しました。そして「家内のご両親にちゃんと謝ろう」と思うに至りました。

小澤
ほう。

佐藤さん
でも喧嘩別れから月日がだいぶ経っているので、なかなか謝罪の言葉が出てこなくて…退院してからお見舞いのお礼に伺ったりしていたのですが、結局ちゃんと謝罪するまで退院してから2年くらいかかってしまいました。(笑) 今では一緒に温泉に行く仲になっています。(笑)

小澤
ガンが長年の大きなシコリも消してくれたのですね。(笑)


佐藤之俊さん 肺ガン再発
取材が終わって一緒にパチリ

 

【編集長感想】

佐藤之俊さん、プライベートなところまで掘り下げて語ってくださいました。ありがとうございました。それにしてもドラマですね。克服した方々のお話を伺うと、ココッ!というターニングポイントがありますね。チャンスは必ずある。それが不仲であった奥さんのご両親から舞いこんでくるとは・・・。神様はいるね。

Another door will open for you.(どこかのドアが開くさ)

 




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