再発・転移・進行・末期のガン対策

ガン体験者との対談

竹本裕子さん 乳ガン

ご自身の体験から医療用帽子の製作を手がける
2013年3月 広島にて
2010年、38歳で乳ガンが見つかった竹本裕子さん。温存手術、抗ガン剤治療、放射線治療の経験を何か形にして、現在ガンと向き合っている人に喜んでもらいたい。そんな思いから医療用帽子づくりを始められ、1年後にはネットショップをオープン。全国からのオーダーに応えながら、3人のお子さんの母として家族との時間も大切にされています。

竹本裕子さん 乳ガン
広島駅に隣接するホテルのラウンジにて 竹本裕子さん(右)と編集長



◆逆境になると力を発揮する!◆

小澤
僕の日程に合わせて広島まで来ていただき、ありがとうございます。

竹本さん
偶然ですが今日は広島に出向く用事があったので、ちょうどよかったです。

小澤
では、お子さんたちもお母さんの帰りを待っているでしょうから、早速お話を伺います。乳ガンが見つかったのはいつですか?

竹本さん
3年前の38歳の時です。定期健診で1cmのしこりがある。その時は、たぶん大丈夫だろうということで3ヶ月後に再検査することになりました。

小澤
大丈夫だろうという予想に反した結果だった?

竹本さん
ええ、3ヶ月で倍の2cmの大きさになっていて、細胞診断をしてみると悪性でした。

小澤
すぐに手術された?

竹本さん
いえ、最初に診てもらった病院には不信感を持ったのですね。1cmの時に生検(細胞組織検査)をしてくれなかったこと、主治医の先生の説明が頼りなかったことなど、自分では腑に落ちなくて・・・。

小澤

では、転院されたのですか?

竹本さん
ネットで調べたりして別の病院で検査を受け直し、1週間後に手術となりました。組織を調べてみると分裂の早い性質の悪いガンでした。リンパにも一つ転移があったので、抗ガン剤と放射線の治療を加え、その後はホルモン剤の内服です。

小澤
転院した病院の主治医は信頼できた?

竹本さん
ストレートに話してくださる先生で、私はよかったですね。変に含んだ物言いをすることもなくて。だから治療は全面的にお任せして、私は自分のできることをしました。食事を見直してストレスを溜めない生活に改善しました。

小澤
若くしてガンになられたわけですが、どんな気持ちでしたか?

竹本さん

けっこう冷静でしたね。「ガンになっちゃったのなら、治してやる!!」 私、逆境に強い方なんです。お尻に火が付くと、火事場のバカ力が出るんです。(笑)

小澤
切羽詰まると頑張れる…もしかすると、逆境が好きなのではないですか。(笑)


◆長女としての責任感◆

小澤
定期健診の前に、ご自身は違和感や異状を感じていたのですか?

竹本さん
いえ、特にそういうことはありませんでした。ただ、乳ガンの予感はあったのです。

小澤
乳ガンになるような気がしていたということですか?

竹本さん
私は3人出産しているのですが、産後に乳腺炎や乳腺症など乳腺系のトラブルが多かったのです。だから、なんとなく乳ガンは有り得るかな…というイメージを持っていました。お医者さんには、関係ないと言われましたが。

小澤
なるほど、体の中では気になるというか、サインの出やすい部位だったのですね。

竹本さん
今思えば、あまり良いイメージとは言えませんよね。(笑) それに当時は自分を抑え込んでいた。

小澤
抑え込む?

竹本さん
3人目を出産してから勤めていた会社を辞め、実家の縫製業を手伝うようになりました。「長女なので家業を継ぐべきだ」という観念もあって、休みもなく頑張りました。でも、きっとやりたいことを我慢していたのだと思います。

小澤
義務感、責任感から「私がやるべきだ」という信念でしょうか。

竹本さん
長女ってそういう傾向があると思うのですが、「良い子」でいようという意識が働いていたのでしょうね。親から特に求められていたわけではないのですが、「優秀であるべきだ」みたいな。良い学校に入って、良い会社に勤めて、良い結婚をして…優秀であることが親孝行。(笑)

小澤
そういう「良い子道」を歩むのを自らに課してきたのかな。(笑)

竹本さん
自分の意見は口にしてはいけないし、口にしても通らないと思っていた。

小澤
それはそのように教えられて育ったのですか?

竹本さん
そういうことはなかったのですが、自分で勝手に思い込んでいたのです。だから、常に人がどう思っているかを気にして先回りしてしまう。これは言ってはいけないと決めつけて口に封をする。

小澤
表現は悪いですが、人の顔色窺いながら生きてきたのですね。

竹本さん
だからガンになって、そんな生き方から自分を解放しようと実家の仕事から離れました。そして自分は「本当は何がしたいのか?」 自分自身に問うてみました。


◆喜んでもらえる仕事がしたい!◆

小澤
どんな答えが返ってきましたか?

竹本さん
実家の縫製業を手伝っていた時は、とにかくひたすら縫うだけでした。来る日も来る日も生地を相手に縫製作業をこなす。私はやっぱり、人が喜ぶのを感じられる仕事がしたいという気持ちが強くなってきた。抗ガン剤治療をしていた時に帽子を被っていたのですが、これくらいなら自分で作れるなと思ったこと。ネットショップに興味があったこと。自分のガンについて書いているブログを通じて知り合った方からのアドバイスをいただいたこと・・・それらが集積して、医療用帽子の製作を手がけることにしたのです。

小澤
僕も拝見しましたが、素敵なサイトですね。いつ立ち上げられたのですか?

竹本さん
手術からちょうど1年後、2011年の3月にオープンしました。

竹本裕子さん 乳ガン
竹本さんが運営するサイト「医療用帽子 niko」 



小澤
ガンになる以前はやりたいことを我慢していた分、手がけはじめたら早かったですね。(笑)

竹本さん

ガンになってから読んだ本で、ガンは自分でつくったという考え方に納得できたのですよ。だから食事を良くして、自分が好きな事、喜びを感じられる事をやっていればガンを心配することないと信じています。

小澤
ガンをきっかけに、自分を基準にして生きることにシフトできたようですね。

竹本さん
周囲を気遣う心は美しい。でも、それが強くなり過ぎると、本来の自分を抑圧してしまいかねないと思います。私が携わっている医療用帽子を通じてご縁のできた方が、たとえたった一人でも喜んでくださったら、私のやっている事は価値があると喜べます。

小澤
その喜びは、竹本さん自身の生きる価値、生きる喜びになって、自己肯定感が高まるでしょうね。それはきっと遺伝子や免疫を良い状態にしてくれるでしょう。

竹本さん
それは嬉しいですね。

小澤
医療用帽子を製作されているとガンの相談を受けられることがあると思います。相談を受ける側になって、何か気付かれたことはありますか?

竹本さん
ガン患者になると二通りのタイプに分かれるようです。悩みをバネにしてガンに立ち向かう人。悩みから脱せず、ずっと悩み続ける人。

小澤

ずっと悩み続ける方はどうしたらいいでしょう。

竹本さん
性格も影響しているでしょうから一概に切り替えてと言っても難しいでしょうが、ガン体験者、ガン患者同士で会って対話するだけでも、心が軽くなるのではないかと思います。ですから、今後は仕事場を一部店舗にして気軽に来てもらえるようにしようと計画しています。それにカフェスペースを設けて、お茶しながらおしゃべりできるようにしたいとも思っているのですよ。

小澤
ああ、それは楽しみですね。きっと癒しの場になりますね。今日はご協力ありがとうございました。


◆竹本裕子さんが運営する「医療用帽子 niko」はこちら!

◆竹本裕子さんのブログ「乳がんに感謝!」はこちら!



【編集長感想】

他人の価値観より、自分の価値観で生きること。それをガンに教えてもらった竹中さん。医療用帽子製作にあたっては、抗ガン剤治療中で弱っている地肌にやさしい素材選びや、闘病中でもおしゃれすることで気持ちが明るくなるよう心配りをされています。ご自身の体験を生かされていますね。



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