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再発・転移・進行・末期のガン対策

ガン体験者との対談

高見加代子さん 悪性リンパ腫(中細胞性濾泡性リンパ腫、結節性硬化型ホジキンリンパ腫)

「だって主治医は私なんだもん!」
2013年11月 香川県坂出市にて
香川県高松市にお住まいの高見加代子さん。(65歳) 溢れんばかりの茶目っけとおおらかさ。子どものように屈託のないエネルギーを、今を生きることに余すことなく注いでいます。“病人”にはならなかった高見さんの悪性リンパ腫体験です。

高見加代子さん 悪性リンパ腫
茶目っけたっぷりの高見加代子さん(右)と編集長



◆なにがあろうと、人間、死ぬ運命が課せられている◆

小澤
はじめまして。ガンの辞典 編集長の小澤と申します。取材のご承諾ありがとうございます。

高見さん
岡山の春名さんから聞いています。こちらこそ宜しくお願いします。

小澤
悪性リンパ腫でしたね。見つかったのはいつですか?

高見さん
ちょうど2年前です。11月の中旬でした。左足の付け根にグリグリとしたものがある。こんなところにおできができたと思って近所の皮膚科に行きました。ただその年の3月の人間ドックで十二指腸にリンパ球が集まっていると指摘され組織を採って調べました。結果は、そう心配はいらないので経過観察しましょうということになりました。

小澤
その時はとくに問題なかったのですね。

高見さん
ええ、だから私もそれっきり忘れていました。近所の皮膚科ではわからないというので、日赤病院の皮膚科で診てもらうことになりました。そうしたらリンパ腫だろうという判断で血液内科に回されました。

小澤
血液内科で診断がついた?

高見さん
中細胞性濾泡性リンパ腫と結節性硬化型ホジキンリンパ腫。あなたのは進行の速いのと遅いのが混在しためずらしいケースです、言われました。

小澤
二つのタイプのリンパ腫が混じってた?!

高見さん
私はリンパ腫がガンだとは知らなかったものですから、「それっていったい何ですか?」と訊きました。そうしたら「血液のガンです」と告げられ、「え~、私、あとどのくらいで死ぬんですかね? ちょっと私、予定がありますので」っておもわず主治医に尋ねました。(笑)

小澤
高見さんもガンと告げられて、すぐ死のイメージが浮かんだのですね。

高見さん
ええ、そうですね。ガン?! いつまで生きられるか?! 52歳で保育所を退職してから資格を取って主宰している「野草いけばな教室」のこともあるし・・・。片付けしなけりゃ、仕舞い支度しなけりゃ、と思いましたよ。(笑)

高見加代子さん 悪性リンパ腫
地元の新聞に掲載された高見さんの野草いけばなの記事



小澤
手抜かりないですね。(笑)

高見さん
でもね、なにがあろうと、人間、死ぬ運命が課せられている、と思って割り切ったんですよ。息子からもらった本に「困ったことが起きたときは、困った!困った!と思ったらいけない」と書いてあったのが頭に浮かんだ。

小澤
たしかに人間の死亡率は100%です。

高見さん
妹が送ってくれたお札に神様宛に出す手紙が付いていた。その紙に「ありがとうございます」と書きました。病気が出てありがとうございます。私の出来が悪いから教えて頂きまして、ありがとうございます。仕事、家庭、子育て、実母とのこと・・・長いこと生活してれば体にホコリも溜まります。そのままホコリだらけの体であっちの世に行ったら、エンマ様に怒られますよ。(笑) だから生きてるうちにホコリ落として、それから来いって、掃除する期間をもらったんですよ。お前みたいな能天気な人間は、病気にでもしないとわからないだろうって。(笑) だから私、よかったなと思って、神様に「ありがとうございます」と書きました。

小澤
それは立派な死生観ですね。

高見さん
命はお医者さんが握るものではないし、私がこの世に用事がある間は神様が生かしてくださるだろうし・・・。まあ、生きるだけ生きればいいや!(笑)

小澤
いつ死ぬかは自分でどうこうできるものでもないし。(笑)

高見さん
そういえば、病気になる前に聴いた講演で、お医者さんが語っていました。「仕舞い支度できる時間があるから、死ぬならガンがいい」


◆病棟に「ありがとう菌」を広める◆

高見さん
私の父は末期の胃ガンで1年と診断されました。本人の意思で手術を受けず、自宅で自然療法をしながら逝きました。散歩、日光浴、断食、瞑想、東洋医学など。とても穏やかな最期を迎えることができた。そんな影響か、私は退職してから東城百合子先生の会に入会していました。

高見加代子さん 悪性リンパ腫
東城百合子先生の会報誌



小澤
あら、事前準備バッチリでしたね。(笑)

高見さん
その父の生き様を見ていたので、病気になっても化学療法は受けたくないな、と漠然とした気持ちはありました。でも主人の職場に悪性リンパ腫を病院の治療で治した人がいたので、主人は病院の治療を勧めました。

小澤
同じ病気が治った人が身近にいれば、そうなりますよね。

高見さん
私ね、腸と腸の間にあった腫瘍の大きさを勘違いしていたのです。11.5×5センチをミリと間違えていた。(笑) それで「お正月過ぎてから入院します」と主治医に申し出たら、「あなた、もたもたしてたら爆発して死にますよ!」と言うのです。私は「そんな急に爆発するのかしらん?!」と思いましたが、主人や家族に「一刻も早く入院しなさい!」と急かされて、12月8日に入院しました。

小澤
本人より周囲の人のほうが慌ててしまうことあります。

高見さん
12月12日に第一回目の化学療法(ABVD療法)をしました。私は抗ガン剤をやると髪が抜けると思っていましたが幸いにも抜けなかったので「ラッキー!」と喜んでいた。21日にCT検査してみると、全く変化なし。

小澤
一回目の治療は効果なかった。

高見さん
年が明けて1月6日に今度はCHOP療法をやりました。これは効いて4×5に小さくなっていました。

小澤
よかったですね。

高見さん
その後、リツキサンをやって、1月のうちにもう1回、CHOPとリツキサンをやりました。2月9日の検査では腫瘍は3×5にまたちょっと小さくなった。4 回目は2月16日にCHOP、17日にリツキサン。これで化学療法は終わりにしました。

小澤
それは主治医が治療を終了したのですか?

高見さん
私、もともと化学的な治療を好きではなかったでしょ。入院中に本などで抗ガン剤についても知識を得ました。自分の心が嫌がっているものをこれ以上やることはないなと判断して、今後は経過観察だけでいいですと退院を願い出ました。副作用も出ていて、2回目の治療後から髪の毛バッサリ抜けて丸坊主、手のしびれ、口内炎・・・。でも病院ではこれ以外の治療はない。

小澤
じゃ、体調は悪かった?

高見さん
いや、元気でした。(笑) 入院中は屋上で朝陽を浴びてから看護師詰所の前でラジオ体操するのが朝の日課。一緒にラジオ体操しようと誘うのですが、誰も出てこなかった。(笑) 病院では食事に牛乳が出ましたが、私は飲まず野菜と自宅から持ってきた玄米を食べていた。日中ヒマな時は院内でボランティアしていました。ゴミを回収したり、4人部屋の病室で10時から歌声喫茶開いたり。(笑)

小澤
歌声喫茶?病棟の病室で?!

高見さん
絵本の読み聞かせ、本の貸し出しもしました。入院するときに持ちこんだのは、オカリナ、落語のDVD、書籍、歌の本、絵手紙セット、ダンベル。

小澤
本当に、それ入院だったのですか?(笑)

高見さん
こんな元気なのに入院するのはおかしいと思ってたんですよ。でも主治医の顔も立てなきゃ、と入院することにした。(笑)だったら院内でボランティアしようと思って。だって病院には患者さんがたくさんいるでしょ。

小澤
ご自分も患者なのに?!(笑)

高見さん
退職後にしようと思っていたのは、ボランティアと旅行。老人ホーム、育児相談、読み聞かせのボランティアは病気になる前からすでにやっていました。入院もね、私はツイテルなと思ったのですよ。2ヶ月も瀬戸内海を見晴らせる最上階の窓際で3食付きですよ。手術するわけでもないから、ホテル暮らしみたいなもの。(笑)

小澤
おやおや!(笑)

高見さん
それでもね、病院なんかにいるよりは早く退院するほうがいい。ということで病棟に「ありがとう菌」を広めることにしました。

小澤
はぁッ?!

高見さん
斉藤一人さんの言葉を借りて絵手紙に書いて入院患者さんに配りました。「ありがとう うれしい たのしい しあわせ 愛している ついている 感謝します」 念仏のように唱えて細胞がワクワクするとパワーアップする。早く退院しましょう!って。

小澤
はぁ~!(笑)

高見さん
そうしたら私と同じ病気の入院仲間の一人が、「高見さん、その言葉を歌にしたらいい。むすんでひらいての替え歌にしたらピッタシじゃないか?」と提案した。ためしに二人で歌ってみたら、ピッタリはまった!(笑)

♪ありがとう ありがとう うれしい たのしい しあわせよ♪
♪あいしてる だいすき ついているのはわたし♪
♪ありがとう ありがとう ありがとう ありがとう♪

さらにただ口ずさむだけでなく、午前と午後に1度づつ歩きながら歌いました。血液内科の病棟に「ありがとう菌」が蔓延すれば、みな早く退院できる。それで毎日10時に私の病室で歌会を開きました。病院の売店で買ってきたお菓子付き、お茶付きで。(笑)

小澤
入院中もやることいっぱいで忙しかったですね。(笑)

高見さん
そんなことしてたので先生から、「少しはベッドで休んでなさい」と注意されました。(笑) でもこんなとこでベッドに横になってばかりいたら、筋肉が落ちて病気が悪くなりますでしょ。階段昇り降りしたり、ダンベルで鍛えたり。

小澤
それで入院セットにダンベルが入っていたんだ!(笑) 高見さんは、ご自分のことを“病人”にしなかったのですね。

高見さん
ええ、病人だなんて思いませんでしたよ。主人は家で宅配弁当取ったりして悪戦苦闘していたかもしれませんが、私は神様がご褒美くれたと思いました。たっぷり好きなことする時間をくださった。(笑)


◆自分が主治医!私が好きな療法をやる!◆

小澤
ところで退院願いはどうなりました?

高見さん
だいぶ入院顛末記に時間とってしまいましたね。(笑) 主治医は外来通院でやりましょうと抗ガン剤治療を勧めました。

小澤
ドクターとしては当然そうしますね。

高見さん
でも私はちがう手立てを考えていました。入院中に読んだ本に紹介されていた佐賀の矢山クリニックで治療する段取りをしていたのです。

小澤
矢山クリニックですか?! 僕も取材に訪ねたことがあります。クリニック周辺の環境もすごくいいところですよね。

高見さん
でも主人は反対でした。そんな遠いところに行かず、主治医の言う通りにしたほうがいいと・・・。でも私は決めていましたので息子たちに告げました。「お父さんは反対しているけど、お母さんは離婚しても行くよ。あとの事は頼むね!」(笑)

小澤
まさかホントに離婚しちゃったんじゃないでしょうね?

高見さん
まあ、病気で家庭不和になるのもいけないですからね。(笑) それで主人に手紙を書きました。「私は何十年、お父さんに仕えてきました。けれど私の命はお父さんのものではありません。私の命は私のものです。私の命は私の好きなように生かすことをさせてほしい。ですから治療法も私の好きなようにさせてください。もしも私のこの考えに賛同できないようでしたら、仕方ありません」

小澤
最後通牒ですね。(笑) で、ご主人の回答は?

高見さん
「好きなようにせえ」(笑)

小澤
ではめでたく佐賀へ。

高見さん
佐賀に行く前に、春名伸司さんと堀口医院(香川県坂出市 堀口裕院長)に出会いました。知人から紹介された堀口医院で細胞内診療をしてもらいました。抗ガン剤をした後ですから、当然免疫の点数は低かった。それで還元電子治療をしました。

小澤
電子を補充する機器ですね。

高見さん
通院では1回しかできないのですが、抗ガン剤の直後で自己防御力上げるには毎日何回かしないといけなかったので機器を購入して暫くの間は1日4回やりました。

小澤
今も自宅でやっているのですか?

高見さん
1日1回やっています。せっかく買ったので、使わなかったらもったいないでしょ。だから息子たちにも疲れたら細胞が元気になるからと、使わせてます。(笑) それから3月に春名伸司さんの養生塾に参加しました。その前に春名さんの書かれた本を読んだのですが、これがまたすごくよかった!春名さんに郭林新気功を教えてもらったり、その塾を通じて素敵なガン友もできました。

高見加代子さん 悪性リンパ腫
香川県坂出市の堀口医院院長 堀口裕先生(右)と高見加代子さん(左)



小澤
いろんなよき出会いがありましたね。

高見さん
ガンになったおかげで素晴らしい出会いがたくさんあって、ほんと私は神様に感謝しました。この病気くださってありがとうございます! 人生、「金持ち」より「人持ち」のほうが幸せですもの。

小澤
え~と、話を佐賀に戻しましょうか!(笑)

高見さん
ああ、そうしましょう!(笑) 矢山クリニックで1ヶ月入院加療する手筈をつけて、意気揚々と出かけました。佐賀の駅に着いたら初めに観光案内所に行き、九州の観光案内を紙袋いっぱいもらいました。週末は九州観光をしようと思って。(笑)

小澤
(笑) 肝心の治療はどうでしたか?

高見さん
それがね、4月24日に入院して2日後の26日にCT撮ったら「異常なし」。「あれッ?! 3×5(の腫瘍)をどうにかしようと思ってここに来たのに、どうなってるの?!」 せっかく遥々香川から来たのに~。

小澤
それでは治療の必要ないから帰られたのですか?

高見さん
電話かけてきた主人が冗談で「おお、電話つながったけどお前天国におるのかぁ?」と訊いてきたので、「天国です」と答えました。(笑) 木をふんだんに使った個室で環境も食事も素晴らしい。目の前の公園は地場がいいし、水路沿いの遊歩道も素敵・・・まさに天国。(笑) それで、主人に腫瘍がなくなったことは話しませんでした。(笑)

小澤
矢山クリニックは入院先ではなく九州観光の拠点に変わったわけですね。(笑)

高見さん
温熱、ドームサウナ、よもぎ蒸しなど、それは気持ち良かったです。(笑) ついでに金属を使わない(ノンメタル)歯科治療もしました。退院のときは息子と主人が車で迎えに来てくれたので、退院記念に大分の久住山に登って温泉に泊って帰りました。

小澤
それ以降はとくに治療はされていないのですか?

高見さん
主人に言われて念のため抗ガン剤治療をした病院でCT検査(6月14日)してもらったら、やはり腫瘍はなくなっていました。今は主治医の指示で、還元電子治療、里芋シップ、靴下二重ばき、びわ温灸、二宮整体を続けています。主治医って、もちろん私のことですけどね。(笑)

高見加代子さん 悪性リンパ腫

高見加代子さん 悪性リンパ腫
2つの医療機関での検査結果




【編集長感想】


「私はどんなお医者さんでも100%は信じないのですよ。主治医は自分だと思っていますから。だから治療法も自分で選びたかったし、医者にダメと言われたことも自分がやりたいと思ったらやりました」 高見さんの“決心”には一点の曇りも見られません。

高見さんの悪性リンパ腫は、高見さんの生き様に圧倒され、「ああ、出る幕なかったな!」と舞台の袖に引っ込んだようです。(笑)

それにしても高見さんの“入院”は治療のための滞在ではなく、“非日常的生活の場”でしたね。(笑)








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