再発・転移・進行・末期のガン対策

ガン体験者との対談

松本昌子さん 乳ガン・リウマチ

ガンもリウマチも根っこは同じ!ガンが治ればリウマチも治る!
2016年3月 岡山県倉敷市にて
リウマチを患っていた松本昌子さんは、胸のしこりに気づく。全身の関節が炎症を起こし、絶叫するほどのリウマチの痛みに加えて、松本さんに襲いかかる乳ガン。「今の生活を、強制的にでも終了させ、身も心も一新しないといけない!」 リウマチという“警告”では足りなかった松本さんに、ガンという“最終警告”が発せられました。

松本昌子さん 乳ガン・リウマチ
「氣の養生塾in岡山」(主催:春名伸司さん、塾長:帯津良一先生)のボランティアスタッフとして、ご一緒しました。右が松本昌子さん。



◆2005年 リウマチ+2011 年乳ガン◆

【病状経過-1】

《リウマチ》
2005年12月、37歳のときに右足小指の付け根の関節が外側に飛び出し始め、痛みを感じる。2~3日後には左足も右足と同様の状態になり、1週間後には両足とも関節が完全に変形。右足親指の付け根の関節も外側に飛び出し始め、痛みが激しくなる。

翌年の2006年1月には微熱と倦怠感で風邪の初期症状のような状態が続き、腕、肩、膝の鈍い痛み。筋肉痛だと思っていたが次第に痛みは増し、ベッドから起きあがるのに時間がかかり、服を着ることも苦痛。通勤時に走れなくなる。箸も中指で代用。3月になると腕・肩の痛みが午前中続くようになり、両手人差し指の腫れにより指が曲がらず、両手中指の付け根の関節も腫れて痛みを持つ。首を上下左右に向けるのが苦痛で、ゆっくり動かしても途中までしか廻らない。どんどん強くなる痛みに我慢できないため病院に行ったところ、リウマチと診断され、薬を処方される。2009年8月まで様々な薬を服用するが、腫れ・痛み、関節の変形が次第に悪化。その後、生物学的製剤(強力な免疫抑制作用)まで処方される。

《乳ガン》
2011年6月に乳ガン手術。1年ほど前から、胸のしこりには気づいていた。仕事が忙しかったこと、ガンに対する認識が低かったこともあり、先延ばしにしていた。ところが、1年経つとピンポン玉くらいの大きさになり、ガンが体表に突出してしまったため、これ以上放置するのも良くないと思い、手術のため会社を休み入院する。

術前検査では、「3日で退院できる」と主治医に言われるも、術後の検査では致死率の高い(最も悪性で増殖が速い)ガンと判明。リンパ節転移も見つかり、追加で放射線+抗ガン剤+ホルモン治療を強く勧められる。「この3点セットをフルコースでしなければ死にますよ。やらないと、肺、肝臓、脳に転移し、呼吸ができなくなって苦しんで死にますよ」(主治医の説明)


小澤
お久しぶりです。(松本さんは、2015年9月の「がん治っちゃったよ!全員集合! 岡山」にスタッフとして参加してくださった) 事前に病歴を送ってくださって、ありがとうございました。

松本さん
いえいえ、その節はお世話になりありがとうございました。

小澤
いや、病歴を拝見してびっくりしました。今の松本さんからは、想像できない!壮絶とは聞いていましたが、よくご回復されましたね。免疫が誤作動する両極の疾患・・・リウマチとガン・・・ただ、双方とも発症には共通の根本原因があったようですね。

松本さん
明らかなオーバーワーク、ストレスです。そして更なるメンタルの悪化のスパイラル。

小澤
仕事のですか?

松本さん
1日18時間くらい、会社にいました。社員の入れ替わりが頻繁で、20歳で入社した私はもう中堅。仕事がどんどん増えて、食事や休憩もまともに取れませんでした。帰宅は毎日午前過ぎ。帰って、寝て、また出社。

小澤
仕事以外の時間が、1日6時間しかありませんよ!?

松本さん
加えて、当時はいくつかの団体の役を引き受けていました。プライベートな時間はなくなり、最初は楽しみで始めた活動も次第に重荷になっていきました。

小澤

それでは、体も悲鳴を上げますよね。でも、そんな状況にかかわらず、リウマチの痛みに耐え仕事を続けていたのですよね?しかも、強力な免疫抑制剤まで投与されている。

松本さん
はい。リウマチで苦しみながらも、警告を無視して自分の生活、生き方を顧みなかった。だから、乳ガンというレッドカードを出されたのだと思います。


◆健康観・治療観を育む◆

【病状経過-2】

すでにリウマチの闘病でヘトヘトになっていた松本さんは、乳ガン手術後の放射線治療、抗ガン剤治療には抵抗を示す。もうこれ以上、自分の体を傷めつけることはしたくないと思うようになった。主治医から術後の治療の説明を受けた後、一旦退院し、熟慮する。病院からご主人に電話があり、病院に戻るよう説得されるが、自分で体を大切にすることで治すと決意する。主治医に術後の治療をしないことを伝えると、1年以内に確実に死ぬと脅された。


小澤
リウマチと乳ガン(術後)を抱え、病院の治療を拒否して、どうされたのですか?

松本さん
長野の穂高養生園に行きました。

小澤

そこを選んだのは、どういう理由で?

松本さん
病気になったら病院に行って、医者の診察受けて、医者の言うことを聞いて、出された薬を飲めば、治ると思っていました。でも、リウマチは一向に良くならなかった。薬が強いものに替わっても、体は思うように動かなくなり、日々寝ても覚めても痛みで絶叫するほど・・・。それでも、毎日出勤してフルタイムで仕事をしました。

そこに乳ガンが、現れた。正直、ほっとしました。「これで、休める!」って。ガンになったにも拘わらず、入院してゆっくり寝れたこと、規則正しく食事が摂れたことが一番嬉しかった。

でも手術後、致死率が高い性質の悪いガンで、抗ガン剤を強く勧められ、このままじゃだめだと思いました。このままじゃ、自分の体が壊れていくと…。だから、何の根拠も持ち合わせていませんでしたが、自分で治そうと思ったのです。そこで、知人から勧められていた穂高養生園に行き、1週間滞在しました。

小澤
その1週間で、どんなことをされたのですか?

松本さん
何にもすることがないんですよ、あそこは。(笑) テレビもない、ネットもない、携帯の電波も届かない。世間から隔絶された所なんです。最初、どう時間を過ごしていいかわからなくて。でも、3日くらいしたらリズムができた。

とにかく、ゆっくり休養しました。マクロビの食事を頂き、ヨガや森林散策などで、体を労り、自分と向き合いました。

小澤
自分で治すことの、ヒントやアイディアなどは得られましたか?

松本さん

同じく滞在していた来園者やスタッフとの交流が、よかったですね。病気を治すのは、西洋医学一辺倒ではないことを、身を持って学べました。医者が処方する薬を飲むことだけが治療ではない、という私の中の漠然とした感覚が明確な信念になり出した。

小澤
具体的な療法を学んだのではなくて、今までとは異なる「健康観」「治療観」を育む良い機会になったのですね。

松本さん
ネットや本の情報で、ガンやリウマチを自然治癒させた事例は知っていました。加えて、穂高養生園が自分なりの治す道に、明かりを灯してくれました。ガンもリウマチも自己免疫疾患なので、ガンが治ればリウマチも治るはずと考えました。

小澤

ガンとリウマチを別々に治すのではなく、自分のからだ全体を良くすれば両方とも治癒すると考えた!?

松本さん
自分で自分を病気にすることが出来たのだから、自分で病気を治すことも出来るだろうと考えました。私の場合、もう後のない状況でのマイナス地点からのスタートなので(笑)、とりあえずプラスマイナス・ゼロにまで戻そうと思いました。

小澤

ああ、最初からプラスの上積みしようと、またオーバーワークになっちゃってもいけないもんね。(笑)


◆封印していた思考習慣に目を向ける◆

【病状経過-3】

体を立て直すために実践したこと。

・減薬、断薬
2年かけてリウマチの薬を減らし、最終的には完全断薬。この間、幾度かリバウンドに苦しむ。独りでは立てないほどの時期も半年に及んだ。

・仕事、生活
フレックス勤務(1時間遅く出社)
アルバイトに仕事をサポートしてもらう
他の社員への仕事の移管を、上司と交渉(仕事量を減らす)
休憩時間、食事時間を確保
原則、残業なし
午後8時までに帰宅し、10時までに就寝
様々な団体の役を辞退し、休日を確保
「場」を変える目的で、部屋の断捨離

・食事
不規則な食習慣を改め、1日最低2食は確保
水を少量に分け、1日500ml飲む
白砂糖、食塩、食品添加物を避ける
ジャンクフード、揚げ物、乳製品、肉類、パン、麺、お菓子を控える
玄米を混ぜたご飯、味噌汁を1日1回は食べる
コーヒーを減らし、カフェインレス、紅茶、ハーブティに替えた
野菜、果物を毎日摂る

・健康法
丹田式呼吸法、自律訓練法、寝る(身体を休める)、ホットパック(身体を温める)、体質改善のための漢方薬(煎じ)を1年間服用、山元式頭鍼療法

・メンタル
アファメーション
たまにバッチ・フラワーレメディ、アロマオイルを利用
週に一度は、自分がワクワクすることを必ずする


小澤
からだ全体に目を向け改善する作業は、いわば「養生」になりますよね。良くなるのに、ある程度の時間は要します。対症療法といえる西洋医学治療をきっぱり止めることに、不安はありませんでしたか?

松本さん

ありました。リウマチの薬を止めて、関節破壊や変形が進み、取り返しがつかなくならないか・・・。乳ガンの追加治療をしないことで、主治医が想定した転移が広がらないか・・・。不安は、ゼロではありませんでした。

小澤
その不安は、どう和らげたのですか?

松本さん

「滅茶苦茶な生活習慣をさせているメンタルに目を向けて、ストレスフルな心を解放すれば自己治癒力が働くはずだ!」という健康観を、心の支えにしました。メンタルのバイオリズムは常に波は有りましたが、その不安は不安として正直に認め、その上でとにかく、自分を労わることに意識を向け、ワークとして日々それを継続することで不安を乗り越えようとしました。心と身体の両方に働きかけ、心が改善されれば、身体は後からついてくると。

小澤
ということは、複合した病状を改善できる“起点”に気づきだしていた?

松本さん
どうして、自己犠牲的オーバーワークをそんなにもしなければならなかったのか? リウマチになってまで、スピードを緩めることなく突っ走っていたのはなぜか? そういう行動習慣を強いた自分の奥深くに在る思考や意識・・・そこに気づくことが、根本的な解決になると思いました。

小澤

松本さんにとって不健全な行動を改めるには、その行動習慣を操る不健全な思考習慣を変える必要に気づいた!?

松本さん
頑丈に封印してきた蓋を開けるのは、苦しい作業でもありました。自分では解消済みのつもりのトラウマが、深層部分で生き残っていたのです。

物心ついて以来、暴言・暴力の恐怖に曝される家庭環境でした。なぜ自分に暴力が振るわれるのか、わからないまま育ちました。金銭面も含めて理不尽な扱いを受けていましたが、誰にも相談できませんでした。相談が公になると、状況はもっと悪くなるからです。

22歳の時に背骨を折る大怪我を負い、このままだと殺されると本気で思いました。2年計画で、家から脱出を図りました。ガンの発症も、直接的には旦那のDVによるストレスがトドメを指してのことでした。(念のため:現在も夫婦生活は続いていますが、DVは全く無く、日常生活に何の支障も無いそうです)

小澤
んん~、過酷な生い立ちですね。

松本さん
自己否定感が強い。自己評価が低い。自尊心が持てない。自分の物差しが持てず、常に他人の物差しでしか、自分の存在を評価できない。

小澤
すると、他者の愛情や評価を求めるため、過剰な行動をしてしまう。たとえそれが自分にとって不健全であっても・・・。

松本さん
猛烈に働いたり、資格を取りまくったり、完璧な自分像を目指して頑張り続けました。いざというとき、人は助けてくれない。この世で頼りになるのは自分だけ。だからひたすら自分の能力をアップさせ、人に頼らずとも生きていける、強い人間になりたかったし、人に指図されない立場になりたかった。

弱い自分、ダメな自分、役に立たない自分が在ってはならなかった。だから、病気になったことさえ、隠していました。


松本昌子さん 乳ガン・リウマチ
強い人間を装い、完璧を求めていた頃の松本さん



小澤
その強烈に染み付いたトラウマを、どうやって解消したのですか?

松本さん
カウンセリングで、「自分をもっと大切にしなさい」と言われても、どうしたら大切にできるのか分からなかった。ヒーリングを受けたりもしながら、自分なりに模索して最も有効だったのが、「アファメーション」でした。

小澤

アファメーションって、自分への言葉掛けですよね。自分が願う健全なフレーズを、潜在意識に繰り返し送り込んで、不都合な意識や思考習慣を健全なものに変換させる技法。どんなふうにアファメーションしたのですか?

松本さん

始めの頃は、歯が浮くような気持ち悪さで、アファメーションの言葉はすんなり受け入れられませんでした。あまりストイックにも出来ない性質なので、自分にも受け入れられる、さりげないところから始めました。どんなに潜在意識に強烈な汚物が詰まっていても、上から少しずつでも綺麗な水を流し込み続けることで、いつかは自分の潜在意識を変えていけるはず!と、とにかく、物量作戦でいきました。(笑)

「まさこちゃん、今日も一日お疲れ様。よくがんばりました」と、自分を褒めるところから。それまでは、頑張った自分を認められず、自己否定、自己嫌悪ばかりしていた。自分で自分の傷口に、塩塗ることばかりしてた。(笑) それを、褒めるアファメーションで修正転換しました。褒めて認めて許す。いちいち、しつこく修正転換しました。(笑)


◆自分をゴキゲンにする!!◆

小澤
アファメーション効果は、どうでしたか?

松本さん

1年ほど続けたら、「自分がご機嫌なら世界は平和」というくらいの心境に達しました。(笑)

小澤
えらい変わったね。(笑)

松本さん

そうなんです。自分が変わると、世の中もこんなに変わるものかと。(笑)

小澤
松本さん、会社のお名刺頂いたけど、治療後は転職されたのですか?

松本さん
いえ、ずっと同じ会社で働いています。ガンになる前と後では、仕事との関係性がまったくちがうんです。仕事量だけでなく、ストレスを感じていた人間関係も劇的に改善されました。自分の物事の捉え方、考え方で、環境が良い方向に変化しました。自分でも、びっくりするくらい。(ご主人との関係性も)

小澤
ソフト入れ替えてカスタマイズできるのは、自分だけですよね。(笑) 

松本さん
思えば、良いタイミングで発病したなって感じです。限界だったんです。でも、限界!って訴えてる心身の声を、聴いてあげれなかった。だから、病気で伝えようとしたのでしょう。今は、素直に聴けます。

小澤
松本さんの心身は、今も何かメッセージを発してるのですか?

松本さん
「自分をゴキゲンにすること!」 私の場合は、「食う寝る遊ぶ」です!(笑)


【病状経過-4】

痛む場所は全身を移動するが、徐々に全身の痛みから局所の痛みになっていった。痛みの強度に関しては波があり、一律右肩下がりではなかったが、体調に合わせて薬も弾力的に増減しながら減らす。最終的に痛み止めだけをお守りのように持ち歩くが、結局飲まずに済むようになっていった。

今まで無かったところに骨が飛び出てきて、朝起きたら、あらビックリ!「指がもう1本生えてきた!?」と言うこともあったが、「アッチの変形を治すために、コッチの変形が起きてバランスを取っている」という風に考えた。減薬から完全断薬まで約2年、ステロイドは1年かけて、全ての薬とお別れ。関節の変形も1~2年かけて元通りに治っていった。

ガンは「自分で治す!」と決意してから3ヶ月~半年で腫瘍マーカーの値が激減。結果的に1年かからずに、ガンは消えた。余命宣告をした主治医は、3ヶ月毎の定期検診の際、「何にも治療してないんだよね?」と首をひねっていた。




【編集長感想】

取材は、松本さんが「氣の養生塾in岡山」(主催:春名伸司さん、塾長:帯津良一先生)にボランティアスタッフとして参加している最中に行いました。慌ただしい取材になってしまいましたが、松本さんは終始笑顔で、丁寧に答えてくれました。その様子からは、つい数年前までこれほどの病歴を抱えていたとは、想像できません。

何より、自分のこころが変わることで、病気も、からだも、人間関係も変わっていった。松本さんの取材をして、あらためてダーウィンの言葉を思い出しました。

最も強い者が
生き残るのではなく、
最も賢い者が
生き残るのでもない。
唯一生き残るのは、
変化できた者である。











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