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再発・転移・進行・末期のガン対策

ガン体験者との対談

井上敏夫さん 胃ガンⅡ期(「ガン生還者の会 希望」主宰)

治った人はたくさんいる! やり方次第で助かるはず!
2016年3月 福岡にて
2008年、54歳の井上さんは胃ガンを発症します。長年、システムエンジニアとして過酷な労働環境にあり、食生活も乱れ、メタボ状態になっていました。7cmの胃ガンは、胃壁を突き抜けんばかり。それでも井上さんは、慌てなかった。


井上敏夫さん 胃ガンⅡ期
博多駅前のホテルラウンジにて 右が井上敏夫さん




◆ガンになった場合のシュミレーションをしていた◆

小澤
先日はお疲れ様でした。(岡山の養生塾で初対面。共にスタッフとしてお手伝いしました) お約束通り、福岡に来ました。

井上さん
お立ち寄り頂き、ありがとうございます。

小澤
胃のガンですと、見つかったきっかけは定期検診ですか?

井上さん
いえ、墨のような黒い便・・・タール便が出たのです。これは検査したほうがいいなと思って、病院に行きました。

小澤
その時は、もうなんとなく察せられた?

井上さん
ひょっとしたら、ガンかなと思いました。

小澤
確定した診断名を告げられた時は、どんなお気持ちでしたか?

井上さん

わりと落ち着いていたと思います。もしガンになったら、どう自然治癒力を高めるか? いくつか頭に描いていました。

小澤
えっ!? ガンになった場合のシュミレーションを、あらかじめしていたのですか!?

井上さん

将来に対する不安があったのですよ。システムエンジニアは、35歳定年説があるくらい過酷で消耗の激しい職業なんです。だから、辞めた後のために、人の健康に関わる仕事でもしようかと思って勉強していたのです。「病気になったらどうやって治すのか?」「体に優しい治し方とは?」

小澤
現実にご自身がガンになって、勉強したことを実践する機会となった訳ですか。どんな健康法に、関心を持たれていたのですか?

井上さん
柱と考えていたのは、「食=栄養素」です。いくつかのメソッドをリサーチした結果、ゲルソン療法に行きつきました。そして、ガンから生還した人たちが多数いることも知っていました。

小澤

それも、ガンになる前のことですよね!? 事前準備が怠りなかったですね。ということはガンと告げられても、「ガン=死」で頭が真っ白、ということはなかった?

井上さん
なりませんでした。ガンだから死ぬ、とは思いませんでした。

小澤
では、「俺を試しに来たな!」くらいの感じでした?(笑)

井上さん
「ウエルカム」では無かったですが、うろたえることはなかった。「来たものはしょうがない」って感じでした。(笑)


井上敏夫さん 胃ガンⅡ期
ガンとの向き合い方も、システムエンジニア風が漂っていました!




◆自分の方向性と合致する患者会と出会う◆

小澤
知識レベルでの備えはできていたようですが、検査の結果はどうだったのですか?

井上さん
7cmのガンでした。胃壁を突き抜けて腹膜播種の疑いがありました。

小澤
大きかったですね!

井上さん

体にメスを入れることに抵抗はありましたが、ガンの大きさと播種がありそうだということで手術に踏み切りました。手術の結果、腹膜にガンはなく、リンパ転移もありませんでした。

小澤
摘出すると決めたら、井上さんのことだから、手術の準備も怠りなくされたのですか?

井上さん
体にメスを入れ、術後に抗生物質など薬剤投与されれば、体はダメージ受けると想定しました。そこで、体力温存のため休息を十分取る、運動(ウォーキング)をする、腸内環境や免疫のためのサプリメント摂取などの対策をしました。手術では、胃を2/3と胆嚢を切除しました。

小澤

術後は、どうされたのですか?

井上さん
ガンの大きさからしても、再発や転移のリスクは考えられましたから、退院してからが勝負だと思いました。再発防止のために経口の抗ガン剤を勧められましたが、自分で調べて納得できなかったので断りました。主治医も私の意向を、認めてくれました。

小澤

再発、転移予防として、どんなことをされたのですか?

井上さん
ガンになる前に目星を付けていたゲルソン療法は、調べるうち自分には向いていないと思いました。そこで、さらにネットで検索することにしました。仕事柄、ネットでの情報収集は慣れていました。玉石混合のネット情報の見極め方も、できていたと思います。その中で、信頼できる患者会の情報を見つけました。

小澤
どんなところが信頼できると、判断されたのですか?

井上さん
ガンを治した人の体験談が載っていましたが、顔写真付きの実名だった。その会の出版物など取り寄せて熟読してみると、私の考え方に合っている。十分リサーチしてから入会し、集まりに参加しました。

小澤
参加されてどうでした?

井上さん
ガンの養生法が系統立てられていて、すごく理解しやすく整理されているのに感心しました。そして何より、治した先輩達に会えたことがとても貴重でした。

小澤
生き証人ですものね。

井上さん

厳しいガンを治している人たちとの出会い、交流ほど希望や励みになるものはありません。


◆何を大事にするのか?そのために何かを捨てる覚悟をする◆

小澤
では、予後は順調に経過していかれたのですか?

井上さん
ところが術後1年半して、腫瘍マーカーが正常値の10倍以上に跳ね上がってしまいました。手術前より、高くなってしまったのです。

小澤
用意周到、回復の道筋はしっかりしていたのでは?

井上さん

それが、勉強はばっちりしていたのですが、ちょっと頭でっかちになっていて、実践が十分伴っていなかった。

小澤
主治医の見解は?

井上さん
家族同席で、再発の恐れがあるので抗ガン剤治療を勧められました。自分としては、体をいじめる治療はしたくなかったので、本腰を入れて自助療法に取り組みました。治すスイッチが、強力に入りました。翌月の検査では、正常範囲に戻りました。

小澤
腫瘍マーカーの急激な変動にも、冷静に対応できたのですね。

井上さん
マーカーが上がった時は、ちょっと無理もしていました。マーカーってこんなふうに上がったり下がったりするのだと、よい勉強になりました。数字に一喜一憂して、すぐ振り回される必要はないんだと実感しました。

小澤
ガンになる前と後では、何か変化がありましたか?

井上さん
手術と玄米菜食で、20kg痩せました。ガンになる前は、74kgあったのですよ。

小澤
そんなにあったのですか?!

井上さん
おかげで、メタボ体質や脂肪肝が解消しました。

小澤
それは、過酷だったと仰っていた仕事と関係があったのですか?

井上さん
ストレスですね。ホテルに長期滞在して昼夜逆転の生活もありましたが、とにかく精神的プレッシャーがきつかった。コンピューターのプログラム制作は、コンピューターメーカーにとっては最前線のプロジェクトで、失敗が許されなかった。納入先企業のオーダー通りに、期限内にプログラムしなければならない。もし不具合が発生すれば、突貫工事的に修正しなければならない。常に精神的に追い詰められた状態ですから、食事はいい加減で運動不足。メタボになって当たり前ですよ。

小澤
なるほど、それで35歳定年説なのですね。結局、お仕事はどうされたのですか?

井上さん

家のローンがあったので迷いもありましたが、腹決めて辞めました。自分の命を優先しました。それから、自分の意に沿わない人付き合いをやめました。しがらみを断ち、自分にプラスになる付き合いだけにしました。患者会の仲間は、私にとって財産になりました。

小澤
自分が心地よいと感じる事を優先するように、変わっていったのですね。

井上さん
ガンになったおかげですね。何を大事にするのか?そのために何かを捨てる覚悟をする。

小澤
2年前、患者会「ガン生還者の会 希望」を立ち上げられましたね。どんな思いで始められたのですか?

井上さん
自分の経験からして、治った人の存在は大きかった。励みになりました。だから、「治った人がいる」という事実のみを伝える場、機会を作りたかったのです。それに触れて、どうするかは本人次第。患者さん本人が、自立的に決めればいい。少なくとも、いろんな向き合い方、いろんな選択肢、いろんな治し方、いろんな生き方があることを知ってほしい。そういう会の活動にしたいのです。

小澤

今日は、ご協力ありがとうございました。



◆「ガン生還者の会 希望」の公式サイトはこちら!




【編集長感想】

井上さんのガン克服の特徴は、「療法」にこだわるのではなく、「健康観」「治療観」を育み、その“目盛り”に合致したことを実践された。その経験から、立ち上げた患者会でも「治し方についての知識」ではなく、「治った人の情報提供」に徹しているのだと思いました。あくまでも、患者自身が治す主体となることを、伝えようとされているのです。








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