HOME > 情報を集める > 無料レポート > 無料レポート > 奇跡的に治った人たちの実例集ー(2)

無料レポート

データ2008年01月11日
 

奇跡的に治った人たちの実例集ー(2)

厳しい状況から生還した人たち
これを繰り返し読んで、あなたの脳に治るイメージを!

先人たちの奇跡的な治癒は、闘病中の患者さんやご家族にとって心強い。しかし、彼らの体験は決して特別なものではない。なぜなら、彼らに治る能力を発揮させた遺伝子とまったく同じ遺伝子を、あなたはすでにあなたの中に持っているからだ。ガンがもたらす恐怖のイメージは、このような体験談に繰り返し触れることで、霧が晴れるように薄くなり、そして消えていく。あなたの歩む道を遮っている霧が晴れたら、あなたはあなたの道を迷うことなく進めるのだ。

(1)一輪の花
中条忠夫さん。51歳の男性である。肺ガンの末期、とてもひどい状態で来院された。激しい胸痛と呼吸困難。もちろん食事など口にできる状態ではない。会話すらままならない。衰弱は極度だった。緊急処置が必要だった。すぐさま酸素吸入をしながら、最悪の状況から脱するための処置を講じた。入院予定はなかったが、そのまま帰せるはずがない。帰せば命が危ないのは目にみえている。その場で緊急入院を決定した。
 
中条さんの両肺は、その大半がガン細胞で占拠されたに等しい状態だった。両肺全体に牡丹雪のような腫瘍が散在している。正常な部分といえば1/4ほどしか残っていなかった。そんな状態でいながら生きていられることのほうが不思議と思えるほどだった。幸いなことに緊急入院から3日を過ぎるころから呼吸も楽になりはじめ、会話もなんとか交わせるほどに回復してきた。病状そのもののひどさに変化はなくても、症状だけは軽減することができたのである。
 
中条さんは、とても気の弱い人だった。会話が交わせるようになると、その気弱な面が表面化する。
「胸が痛い。胸が苦しい。先生、ほんとうに胸が苦しくてならないんですよ」
ただひたすらに訴えるのだ。表情もきわめて情けない。その苦しさがわかるだけに、私は彼が弱々しく横たわる姿をみるのが辛かった。夜になれば、死の恐怖に翻弄されていた。私も経験者であるのだから痛いほどわかる。ガン患者にとっての夜は、淋しくて辛い。
「眠れないんですよ」
かといって一晩中誰かをそばに置いておくわけにはいかない。そもそもが死の恐怖は自分で克服するしかないのだから、誰かがそばに座りつづけたところで解決するわけがない。

私はそんな彼に、どのような対応をしたらよいのかを考えていた。そのなかで、ふっと一つのアイディアが浮かんだのだ。私はそのアイディアを、即座に実行した。中条さんのベッドサイドに一輪挿しを置く。そこに、きれいに咲き誇った花一つと、まだ蕾のままの花一つを挿す。そしてこんな話をした。

「いまの中条さんは、病気がいちばん苦しい峠にいるんだ。こればかりは、中条さん自身で乗り切ってもらうしかない。お手伝いはする。しかし、私にできることには限界がある。中条さんが頑張ってくれないことには、どうにもならないんだ。夜は淋しいよね。辛い。私だって同じ体験をした。だから痛いほどによくわかる。
でも、ほらこの花をみてごらんよ。きれいに咲いた花は、あなたが元気になったときの笑顔だ。あなたが心からの笑顔をみせてくれる日がくるようにと願っての花だ。蕾のほうは、いまのあなた自身だ。この蕾が開く頃には、あなたの症状は必ずよくなっている。私にはそれが信じられる。だからあなたも信じて頑張ってくれ」

医学的な根拠などあるはずがない。信じるだけ、信じることからしか始まらないからこその手立てだった。だが、このアイディアは見事に成功する。次の日の回診で、中条さんはこんなことをいってくれたのだ。
「先生のいってくれたことを思いながら、花をみてました。呼吸が苦しくなったとき、夜中に目が覚めてしまって眠れないとき、ずっと蕾をみてました。不思議ですね。それだけで何だか勇気が湧いてきたんです」
 
さらに翌日の回診では、こんなことをいう。
「蕾が少し開いてきました。不思議です。苦しさも少し取れたような気がします。先生のいったとおりですね。蕾が開き切るまでに、私の苦しさはすっかり取れますね」
懇願するような表情で確認するのだ。私は「もちろんだよ」と請け合った。

そうやって日を重ねるうちに、1週間ほどが過ぎた。花は取り替えどきだ。私は新しい花を手に中条さんのベッドを訪れた。すると彼はいう。
「先生、蕾はまだ開ききっていません。半分くらいしか開いていない。その開きかけの花は残しておいてください。蕾がパッと開くまで、私はこの花と一緒に過ごしたいんです」

たった一つの花だなどとバカにしてはいけない。この一つの花が、51歳の男が病と闘う原動力になっていたのである。私は思わざるを得ない。中条さんにとっての一輪の蕾は、抗ガン剤などはるかに及ばない効果をもたらしたのだ。入院から3ヶ月が過ぎるころ、中条さんは驚くほど元気になっていた。入院当初の状態は生きていることそのものが不思議でさえあったのに、3ヶ月を生きている。しかも驚くほどに元気になり、症状が改善されていた。それは現代医学の常識からみればとても説明のできることではなかった。

「検査データには左右されないこと。前の主治医からいわれた余命も忘れること。現代医学の常識では説明できないようなことが、この病院では現実にたくさんの方々の上に起きているんだから」
私は患者さんの前でいつもそう断言する。嘘偽りなくそうだからだ。すべての患者さんが奇跡的な回復をみせるといっているのではない。回復する方もあれば、思わしい回復のみられない方もある。だが死に至るとしても、命が輝くのである。現代医学は、死に直面しながらも命の輝くことの素晴らしさに気づいていない。
 
事実、花の蕾に命を託すことで、意識を変革し、生き残る道を歩み始めた男がいるのだ。中条さんにとっては、私が施したどんな処置よりも、花の命の効力が大きかったと思えてならない。その後の中条さんは、買い物に外出するようになった。週末には自宅に帰るほどにもなった。当初の症状からみれば、まさに信じられないような日々を送っているのである。しかし、胸のレントゲン写真をみると、腫瘍の大きさも数も、ほとんど変化していない。少しだけよい方向に向いているかもしれないという判断はできるが、腫瘍の縮小をしてガンの軽快とみる現代医学の立場からいえば、ほとんど改善されていない。

だが彼は、元気に生きているのだ。データから予測されることをはるかに超えて生きているのである。なぜなのか。私はこう考えている。中条さんのガンは、とりあえず進行を止めた。そして中条さんの体はガンと共存するようになった。ガンはほんとうに不可思議な病気だ。外からガン細胞をいじめることなく、人とガンが共存するかのような状況が生まれる場合が珍しくない。共存のあげくに、ガン細胞が縮小に向かう例もある。

中条さんのさらなるその後については、まだ保証できる段階ではない。息苦しさはその後もしばらく残ったが、血痰はすっかりなくなった。中条さんの中のガンが落ち着いたのは確かだ。いずれは社会復帰が可能になるのではないか。そんな希望を口にできるところまでには、確実に回復したのである。

(2)食は命なり
「あと数ヶ月の命です」
「この病気は一生治りません」
みなさんはこう医者に宣告されたら、どうされるであろうか。みなさん自身のことでなくても、家族の誰か、たとえば子どものことでそういわれても、おそらく崖っぷちから突き落とされたようなショックに見舞われることであろう。しかし、ここからが大切なところだ。そこで、医者の宣告どおり素直にあきらめてしまうか、それともあくまで自らのもつ治癒力の可能性を信じ、なんとか道を切り拓いていこうとするか、この選択で大きく人生が左右される。

当時彼は48歳。コンピュータにつよい経営コンサルタントとしてとびまわり、さらにある指揮者のマネジャーまで引き受け、体力と元気さがとりえとばかりに忙しく仕事をしてきた。夜中の2時頃まで仕事をし、朝6時にはもう仕事に出発するなどという日もかなりあった。もちろん食事は外食ばかり。とくにステーキが好きで、肉やうなぎばかり食べ、コーヒーも人と会うごとに飲み、1日10杯くらい飲んだこともまれではなかったようだ。その彼が、ある日、体の不調と疲れを訴え出し、だるさがとれないのだという。そして、いつも車で仕事をしていた彼が、急に車恐怖症になり、車に乗っていると、急にふるえながら「降ろしてくれ!」と半分泣き叫ぶようになった。
 
どうも心配になった私は彼の家を訪ね、彼の体をチェックすることにした。東洋には望診といって顔を見ただけでその人の病気を診断する知恵があり、私はその研究をしていたこともあって、彼を望診で診断してみた。さらに、経絡という体のエネルギーの流れのバランスをもチェックしてみた。そして、総合的にわかったことは、右の腎臓機能が異常に亢進し、高い興奮状態にあるということだった。
「右の腎臓のはたらきが異常に高いみたいですよ。もっとしっかり検査されてみたらどうですか」
と私は言い、体質を改善しアンバランスをなくすため、食事を徹底的に変えることをすすめた。しかし彼は、横目で私を見ながらうわの空で聞いているだけで、まったく相手にしてもらえなかった。

それから、いろいろ医者に調べてもらったらしいが、何もわからないし異常なしとのことだった。ある人からはノイローゼだと決めつけられた。しかし、それからずっとのちに彼は、医者から右腎臓腫瘍の宣告を受けることになる。私は当時より、人間には自らつくった腫瘍を自ら退縮させる力もあることを知り、手術して摘出してしまうばかりが道でないことを知っていたのでそのことを訴えた。しかし、聞き入れられず、とうとう病院で右腎臓を全部取られてしまった。そして家族は、医者から彼がもう数ヶ月の命と宣告された。
 
それから彼の地獄がはじまった。手術後の抗ガン剤の副作用で彼のヒゲは真っ白になり、髪の毛もたくさん抜けた。なによりもたびかさなる放射線の治療で体力を消耗し、彼はフラフラになった。私は病院に見舞いに行き、彼に本をプレゼントした。その内扉に「食なくして生命現象なし」と書き、彼への激励とした。私はなにげなく書いたのだが、彼は大きなインスピレーションを感じたらしい。家族に指示して玄米のおにぎりをもってこさせ、病院食の代わりに食べるようになった。放射線治療を連続して行うと腰が抜けたようになり、立って歩けなくなるという。しかし、フラフラしながらも、彼はなんとか立って歩けたとのことだ。実は玄米には放射線の害をガードするはたらきがある。
 
病院の治療に疑問をもった彼は、病院をとび出し家にもどった。そして、体質に合わせて玄米などの未精白穀物や野菜、海藻などを中心とする食生活を徹底してはじめるようになる。体力は次第に回復していった。しかし、外を出歩けるようになってもすぐに疲れてしまい、ところかまわずすぐ横になる傾向はしばらくつづいた。当時電話をかけると、声はいつも小さくぼそぼそとしており、あれほど元気だった人がまさか、と思えるほどだった。元気に働きまわっていて健康に自信のあった者ほど、大きな病気をするとその精神的落差が大きく、そのギャップゆえに、彼はなかなか自分に自信をとりもどすことができなかったようだ。
 
やがてまた彼に、自己啓発の転機が訪れる。あるセルフ・ケアのためのセンターが長野に設立されるや、縁あって彼は早速そこに行った。そこの代表者は、「あなたは自分の自然治癒力を信じますか?」と彼にたずねたという。その「自然治癒力」という言葉が頭にこだましたらしい。禅問答の公案を解くかのように、いつもその言葉がまとわりついて離れなくなったとのことだ。
 
ある日その代表者から「山にキノコ狩りに行きましょう」と誘われた。彼は思わず、いまの自分の体力で山歩きはとても無理だと尻ごみしたという。しかし、決意して彼は山歩きに出かけた。険しい山道をいくつも通り、彼はへとへとになった。やっとセンターにもどって休むと、とても明日は起きられまいと思ったらしい。ところがである。翌日彼は疲労をすっかり回復し、早朝に目を覚ますと、実にさわやかな自分自身を発見して驚嘆した。そのとき彼は、実は自分がいつのまにかしっかり体力をとりもどしていたことを自覚したのである。手術後、ずっと生命ある食物をとってきたその蓄積が、いつのまにか十分山歩きにも耐えるられる体力を彼につけさせていたのである。彼は病人として自らをいたわりつづけてきたので、いたわりすぎるクセがついてしまい、そのことがなかなか発見できなかったらしい。それを機に彼は「自然治癒力」の意味をはっきり体で認識したという。

それ以来、彼はすっかり人間が変わった。生きていることがうれしくてしょうがないらしく、いつもニコニコし、元気いっぱいにとびまわり、人助けをするようになった。病気前の彼は、切れ者だがどことなく冷たい感じもする、脂ぎった顔をしていたものである。

自らの体験を講演するようにもなり、海外に行くようにもなった。もう手術をしてから10年目に入ろうとしている。途中で、肺や大腸へのガンの再発があったというが、彼は自力で克服してしまったらしい。最近では、自分のガン克服体験を自慢しすぎるほど元気になっている。

(3)自律性
「私は週に2回、理学療法士のところに行くことになっています。それが効くとは思いません。でも行かないと失礼になりますからね」
「代替療法を受けよう。私はまだ何も失ってなどいない。それで駄目なときは、次の手を考えたらいいんです」

上の二つの言葉を比べてみてください。共にオランダのファン・バーレンらが調査したもので、前者はある進行がん患者のもの、後者は自然退縮体験者のものです。前者は一見礼儀正しいのですが、回復への期待や能動性、また現在の状況を変える積極性とでも言えばいいのでしょうか、そうした何か大切なものがない印象を受けます。後者は卵巣の腺がんでステージ3、手術不可能と診断された患者(女性、診断時39歳)が、自分は子供のために生きたいのだという深い望みに気付いたときの感情を表した言葉です。ここには余計な不安と絶望はなく、回復への主体性があふれています。

ファン・バーレンらはこのような心構えを「自律性」と呼びました。この言葉には自分が現状を改善する主役であるという主体性と責任のある意味が込められています。つまりそれは病気の「犠牲者」や「被害者」であることを止め、自分では何もできないと無力感にとらわれたり、他人の判断に従属したりしない態度です。


(4)自分を解き放つ
九州のA・Kさん(女性)は昭和41年に福岡市内の病院で胃の腺がんの手術を受けました。開腹してみるとがんは胃の周囲のリンパ結節などに転移していて、手のつけようがない状態でした。そこで執刀医は転移巣は残したままで胃を部分切除する、いわゆる姑息(間に合わせ的)手術で終わらせるしかありませんでした。そして家族には「この方は同じ胃がんでもがんの転移が激しくて、完全に手遅れになっているため、予後(病気の見通し)が悪くて、あと1ヶ月しか命はもたないでしょう。長くて3ヶ月もつかどうか・・・」と告げられました。ところが彼女は半年後に元気な姿で病院に現れたのです。それから30年近くたった平成6年の春に、私がA・Kさんのご自宅にお伺いしたときにも、やはり元気な姿でお話してくださいました。

A・Kさんは次のように語ります。
「私自身が早く治らなければいけないという気持ちがこれっぽっちもありませんでした。入院中は、どうか皆さんをお救いください、と人さまのことばかり考えました。自分の病気が治るかどうか、不安には思いませんでした。お皿1枚洗うときにも、自分にその必要があるなら生きるだろうし、無いなら天国に召される。このように自分の寿命は天に任せきったのです。感謝に勝る妙薬はありません。普通は、がんだ、治らなければと思いながら、実はがんを掴(つか)んでいるんです」
彼女はある宗教を信仰しています。そのためにがんへの恐怖心がなかったのだといいます。しかし「信仰を持っているのは、ただ助かりたいという生への執着心からではなく、助けて下さった神に感謝する、という気持ち、それだけです」という風に、現世利益的な信仰ではないようです。

A・Kさんの「助かりたいという生の執着を持たなかった」とか、「自分のがんがどうなるのか不安に思わなかった」という言葉から分かることがあります。つまりこの場合、ただ表面的に治ろうとすることが自然退縮をもたらしたというよりも、治るとか治らないとかいう結果へのとらわれから解き放たれた心によって自然退縮が起こっているということです。

HIVウイルス(いわゆるエイズウイルス)の血液検査が、陽性から陰性に変わったーつまりウイルスが体内から消えた、という体験をしたアメリカの心理療法家ニロ・アシステントは「私の身体的な治癒は思いがけない贈り物の一つでした。私の治癒は自分を解き放った結果なので、自分の体をコントロールした結果ではないのです」と言っています。これもA・Kさんと同じことを言っているように思えてなりません。それはどういうことでしょうか。

普通がんの告知を受けたようなときに、差し迫った死に直面して絶望や不安に脅かされるといいます。しかしこれはもっと別の見方も出来るのではないでしょうか。

「末期がん」であと3ヶ月と言われた人と極めて健康な若者がいるとします。前者の方が「死にゆく側」で、後者は「死なない側」と単純に言えるでしょうか。健康な若者と言えども5分後に事故に巻き込まれて即死するかもしれません。「末期」と言われた人よりも早く死ぬ可能性は充分あるのです。自然退縮の可能性も入れたらなおさら両者の差はあいまいになっていきます。さらに日常よりずっと大きいー例えば惑星一個や宇宙一つの生滅を見下ろすー時間の尺度で人生を見てみると、若くして死んだ人と長寿を全うした人の数十年の寿命の差は、髪の毛ほどの差もないものとなるはずです。

こうやってみると死にゆく側と死なない側との区別は、社会の都合で作られた皮相な区別だとわかります。「がん患者」も「健康な若者」も同じ死にゆく側にあるのです。宇宙的な時間の尺度からいうと、あと3ヶ月の人生もあと80年の人生も違いはなく、両者とも死に直面しているという点で同じような「末期」なのです。がんになったから死に直面する、などということは社会的な錯覚、虚構といってもいいでしょう。

こうして人生の時間というものを、大きい視点から一度突き放してみるとA・Kさんやニロ・アシステントの言葉が身近に感じられます。この人たちが見ているのは、人間に死は同じように与えられていて、一瞬先にも死ぬかもしれない、そう思ったとき見えてくるもの、つまり「今」生きていることの新鮮さ、かけがえのなさということではないでしょうか。一度として繰り返しのない新鮮な「今」を、私たちは生き続けています。これもまた全ての人に平等に分け与えられていることです。そしてこの「今」ーこの文章を読んで下さっている方々がこの行に目を走らせている「今」は、自分で作ったものではなくて、過去から現在にいたる自分も家族も含めた地球上に生きた全ての人々の行為と、人ばかりではなくあらゆる自然のできごとが関係し合い、織り成されて生み出された、たった1回限りの「今」なのです。全部の宇宙が働き合った結果として「今」があるのです。
 
A・Kさんの「生きているなんておこがましい、生かされているんです」という言葉は、この荘厳とも言える「今」を実感して言ったことではないでしょうか。そして彼女から今を生かされていることの「感謝」が口にされるのも自然なことと思えます。過去の傷や、将来の不安は大なり小なりあるにせよ、自分が今を生きることを宇宙全体から肯定されていることは事実なのです。これに気付いたときに自然に湧き出てくる感情、それが感謝なのでしょう。

■スイッチ
 ガンの進行が止まる、ガンが自然退縮する。それは、それぞれちがうプロセスを経ている。十人いれば、十人とも異なる経過を辿っている。しかし、そういった実例から垣間見られるのは、どうやら、体だけでなく、こころにスイッチが入ったということ。

【出典・引用】
(1) 一輪の花
「1%の希望 100%の決意」
内藤康弘 メタモル出版

(2)食は命なり
「人のからだは、なぜ治る」
大塚晃志郎 ダイヤモンド社

(3)自律性
(4)自分を解き放つ
「がんは気持ちで治るのか?」
川村則行 三一新書

ページトップへ