親身に相談にのってくれる医師・薬局・治療院

ガン対談

国際中医師 木元聖花さん

漢方理論と醗酵技術の融合でガンの方をサポートする(中国大連ご出身)
2012年1月 兵庫県姫路市にて

国際中医師の資格を持たれる木元聖花さんは中国大連のご出身。子どものころにご両親が大病をされ、食事療法や漢方(お姉様は漢方医)を身近に体験したことから、生命について研究したいという夢を持たれていました。1986年に広島大学に留学し、生命工学を専攻。その後、日本の発酵会社主任研究員として9件の特許を開発されました。

食品の発酵に関する研究に没頭していた木元さんでしたが、開発した技術で多くの人の歓びを身近に感じたいと独立して会社を興しました。漢方の理論と科学的な技術を融合させ、個人向けオーダーメイドの漢方食品を提供しています。また、ガンでお悩みの方を支援するため「NPO法人 WAHAHAの会」も創設。ガンの方を精神的にサポートするため、ガンを体験された方々のお力をお借りして毎月定例の勉強会や患者の集いを開催されています。

木元聖花
木元聖花さん(右)と編集長


◆漢方食品研究の道を選んだきっかけ◆

小澤
11月に参加させて頂いた「WAHAHAの会」ではお世話になり、ありがとうございました。今日は漢方養生に詳しい木元先生ご自身に語っていただきたく姫路に参りました。

木元先生
わざわざ足を運んでくださり、ありがとうございます。よろしくお願いします。

小澤
まずお伺いしたいのは、木元先生がどのような動機で今の漢方食品の研究に取り組まれたか?です。

木元先生
中国の文化大革命のことはご存知ですか?

小澤
詳しいことはわかりませんが、「ワイルド・スワン」は読みました。読み進めるのがつらく、胸を締め付けられました。

木元先生
私の父は、文化大革命の混乱の煽りで命を落としました。当時、父は小学校の校長をしていました。「資本主義を糾弾する」という大義の下、校長という地域の要職にあった父は矢面に立たされ、心身共に疲弊していきました。

小澤
木元先生がお幾つのときですか?

木元先生
小学校3年生です。文化大革命は権力闘争で、決着がついた後、糾弾されていた幹部たち~父も~元の職に復帰できました。しかしその時すでに、父の体は重い病に冒されていたのです。肺結核でした。

小澤
学校の先生も酷い目にあったようですね。

木元先生
実家が漢方医だったので、本来なら漢方治療を施すところですが、やはり文化大革命のせいでまともな診療ができる状態にありませんでした。また肺結核は感染症なので、西洋医学治療を優先させようということになり、抗生物質の投与をしました。はじめは少し効果がみられたのですが、投与を続けうるうち腹水が溜まり最後は肝不全で亡くなりました。49歳でした。主治医は抗生物質の副作用だと言っていました。

小澤
まだ子どもだった木元先生に、強烈な印象を残したのですね。

木元先生
病気を治すはずの薬で父が死んだことは、ものすごくショックでした。それから間もなく、今度は母が病に倒れました。

小澤
今度はお母さんですか!?

木元先生
B型肝炎でした。病状はかなり進んでいて、もう全身に黄疸がでていました。当時の医療では手の施しようがなく、余命6ヶ月と診断されました。

小澤
お父様のことがあって、お母様も体調を崩されたのでしょうね。

木元先生
父の看病と重労働の掛け持ち、加えて心労がたたったのです。家族には父の二の舞はもうご免だという気持ちがありました。先ほどお話ししたように実家が漢方医で、また私の姉も漢方医に成りたてでした。そこで、食事療法と漢方療法で治すことに決めました。

小澤
全身に黄疸がでるほどの状態ではたいへんだったでしょう?

木元先生
雑穀を主体にしたお粥に動物の胎盤、薬草を混ぜて煮込んだものを食べさせ、姉が処方した漢方の煎じ薬を毎日飲ませました。するとほどなく食欲が出てきて、黄疸で黄色かった顔色が明るくなってきたのです。3ヶ月で目途が立ち、6ヶ月経つとほぼ完全に回復しました。

小澤
それはよかったですね!

木元先生
母は今でも健在ですよ。(笑) 西洋医学一辺倒で亡くなった父、科学的といわれる西洋医学をいっさい使わずに生還した母・・・この差はいったい何なんだろう?という問いが私の中に生じました。

小澤
まったく正反対の結果ですからね。

木元先生
それともう一つ、私自身の体験があります。1986年、生後2ヶ月ちょっとの娘を中国に残し、中国政府派遣留学生として単身日本に渡りました。広島大学に留学したのですが、異国の慣れない環境、生活の変化、言葉の壁、研究のプレッシャー、そして何より生まれたばかりの娘と一緒に居られない辛さ…私の胃腸が変調をきたしました。

小澤
僕でも察しがつきます。ストレスによる自律神経失調じゃないですか。

木元先生
健康にだけは自信があったのですが、便秘と下痢の繰り返し、胃の不快感…病院で胃潰瘍と診断され薬が処方されましたが、飲んでも一向に治らない。挙句の果てに急性虫垂炎で手術しました。後に安保徹先生(免疫革命)と出会って、交感神経の緊張で顆粒球が増え炎症を起こしたのだとわかって納得できました。結局、中国の姉から漢方薬を送ってもらい回復したのです。両親や自分の体験から生命のこと、健康のこと、自然治癒力のこと、どうして治る人と治らない人がいるのか、ということに関心を持ちました。

木元聖花
取材は1月5日 帰省中のお嬢さんも一緒にパチリ(会社のホームページを担当)


◆生物工学を専攻し醗酵技術を学ぶ◆

小澤
ご両親の病気を契機に人間の生命力や治癒力への興味が高まったわけですが、木元先生は医学ではなく生物工学を専攻されたのですね。

木元先生
実家や姉が漢方医で漢方に触れる機会の多い環境で育ち、私にとって漢方はすでに身近なものでした。そこで私は研究の対象を食品にしようと思ったのです。母が良くなったのは、漢方とともに実践した食事療法も要因でしたから。

小澤
昔から「医食同源」という考え方もありますしね。

木元先生
文化大革命が終わって、再び大学を受験できる環境になりました。私は大連軽工業大学の生物工学科に合格し、醗酵と機能性食品について猛勉強しました。1991年、二度目の広島大学留学を経て、ヤエガキ醗酵技研株式会社の研究員となりました。そして幸運なことに、9つの特許を取ることができました。

小澤
日本で研究を続けたのですね。

木元先生
日本の恵まれた研究環境で、日々微生物との対話にのめり込みました。(笑)

小澤
微生物と対話していたのですか?(笑)

木元先生
ええ。楽しかったですよ。微生物の世界は共存共栄なんです。環境を整えれば、うまく折り合いをつけていく。悪い微生物、良い微生物と一線を引く必要はないんです。殺菌、殺菌と騒ぎ過剰に目くじらたてることはありません。自然や社会、人体も本来はそういうものだと思います。

小澤
漢方の「天人合一(てんじんごういつ)」という考え方に通じますね。西洋医学は局所に注目しますが、漢方は全体のバランスを考えます。しかも体内環境だけでなく体外の環境との関連も視野にいれる。体内に害を及ぼす悪いものがあるなら、「殺傷」するのではなく「体外に排出する」という手法を用いて、結果、人体が持つ機能が稼働するようバランスをとる。

(注:天人合一=人は自然界の一つの構成部分であり、人と自然は究極において合一するものである。したがって自然に対して従順、適応の態度をとり、自然との調和、あるいは自然体の生き方を理想とする)

木元先生
局所的な処置を施すことも必要ですが、それによって全体的なバランスが崩れたら、それは修正しなくてはならない。西洋医学と東洋医学をうまく併用することは、病気を健全に治癒することに大いに役立つと思います。

小澤
特許を取られた醗酵技術によって、具体的にはどんな成果がありましたか?

木元先生
食品成分と免疫の研究をしていた私は、免疫賦活作用があるといわれるキノコを研究対象にしました。その有効成分はおもにキノコの細胞壁に存在し、煎じてもあまり出てきません。それを醗酵技術で処理しますと、有効成分が多く取り出せ、さらに醗酵による副産物(ギャバ)が大量に出てきました。

小澤
ギャバ(GABA)は、人間の脳に存在する神経伝達抑制物質で「脳内癒しアミノ酸」とも言われる物質ですね。

木元先生
独自の醗酵技術でたくさんの有効成分とギャバが含有されるこの物質は理論上優れたものでした。そこで、動物実験をしてみると様々な作用が確認されました。抗腫瘍活性も高いものでした。

小澤
基礎研究だけでなく、動物でデータを取られたのですか?

木元先生
素晴らしい結果に驚き、今度はモニターを募って約300人の希望者に飲んでもらいました。その中で、3ヶ月後に手術予定のガンの方がいらしたのですが、予定していた手術前に再度検査したらガンが確認できず、結局手術はしないことになったのです。他にはいっさい治療的な事をされていませんでした。


◆その人に合わせたオーダーメイド漢方食品◆

小澤
その恵まれた研究環境から、どうして独立を決意されたのですか?

木元先生
漢方理論が身に付いていた私としては、健康食品やサプリメントも一つのものがすべての人に適しているという考えは持っていませんでした。病気の人が必要とする物質は、個人個人で異なるのが自然です。

小澤
西洋医学が病名(適応症)で薬を処方するのに対し、漢方医学では「証(しょう)」を診て処方が決まります。証は患者さんのその時の身体の状態です。ですから、同じ病名や症状でも、AさんとBさんには異なる漢方薬が処方されます。その症状を起こしているその人の心身の歪みを修正することで、病気からの回復を促す。その手法は健康食品やサプリメントにも当てはまる、ということですね。

木元先生
所属していた会社は素材メーカーなので、私は病気で悩んでいる人達のもっと身近なところで役に立ちたいと思ったのです。やはり、父の最期のこともありましたので、一人ひとりに直に接して、オーダーメイドの漢方食品をつくりたい、という気持ちが強くなりました。

小澤
でも木元先生は主任研究員で特許の開発にも目ざましい成果を挙げていた。お辞めになることに会社側は難色を示したのでは?

木元先生
大学を退官されて顧問になられていた恩師の永井先生や、お世話になった社長さんにどうお話ししようか悩みました。ところが、お二人とも快く私の希望を受け入れて下さりました。そこまで熱意を持って決断したのなら、思う存分やってみなさいと・・・その後もお二人、そして会社は私のことを支援してくださり、本当に感謝しています。

小澤
オーダーメイドの漢方食品はどのように作られるのですか?

木元先生
独自の質問票に基づいたヒアリングと病院での血液検査データなどを参考にして作ります。

小澤
食品素材は何種類用意されているのですか?

木元先生
120種類くらいです。その中から調整するのですが、一度きりではなく様子を見ながら何回か調整を繰り返すこともあります。季節の変化、身体の変化などに対応する必要があるからです。

小澤
ガンの方がご相談に来られたら、どのような対処をされるのですか?

木元先生
ガンでお悩みの方は、心身が追い詰められてガンになっている方が多いように思います。ですからまず、その方のガンと関係が深いと思われる生活習慣を見直すことから始めます・・・精神的ストレス、労働環境、食事、生活環境などです。なかでもストレスの影響は大きいですね。お話を伺うと、「もうこれではガンになるのも致し方ない」と思うほどのストレスを抱えている方もいます。

小澤
では、それら複数の要因に対してご相談者と共に話し合ったり、指導をされるのですね。

木元先生
日常生活の改善がまず重要です。そして治癒力が発揮できるような心身づくりを目指して漢方食品もオーダーメイドします。身体機能だけでなく、漢方には「気」の概念がありますから、気の状態も加味して漢方食品素材を調整することも可能です。

小澤
ただ、ガンの方は、ガンになってしまったことの不安も強いと思いますが?

木元先生
そのケアに関しては、私だけではどうにも対応できないので、「NPO法人 WAHAHAの会」というガン患者支援の会を立ち上げたのです。(2005年) ガン体験者の方々のお力をお借りして、精神的なサポート活動をしています。この会はどなたでも参加できます。


木元聖花WAHAHAの会
WAHAHAの会の「がん予防大学講座」での木元聖花さんと会場の様子
(2011年11月 月例会の取材記事はこちら!)

小澤
ご相談者のために、わざわざ患者支援会までつくられお世話されているのですか。それはガン患者さんにとっては、心強いですね。

木元先生
とにかく、私とご縁のあった方々の顔が少しでも明るくなってくれること。これを歓びとして、毎日精一杯仕事に励んでいます。

小澤
今日はご協力ありがとうございました。

(*遠方の方は電話で対応可能だそうです)


◆木元先生の著書
『免疫力を高める 漢方養生』
木元聖花


◆木元聖花さんの漢方食品研究所(マルセイ)のホームページはこちら!

◆講演会、気功、詩吟、山歩き会などのイベントも開催しています(イベント情報はこちら

◆木元聖花先生の日記



【編集長感想】

安保徹先生の免疫革命と出会って、木元先生の漢方的取り組みが現代医学的にも一致したと感じ意を強くされたそうです。(安保先生をお招きしての2005年の講演会は530名の大盛況。木元先生の著書の推薦文も安保先生が書いて下さっています) 私も「気」と「自律神経」の理論はシンクロするように思います。

木元聖花
安保徹先生(右)と木元聖花さん

木元先生のおおらかさ、温かさ、屈託のない明るさには、大陸育ちの懐の深さが感じられ、ときに少女のような純心さものぞかせる。ご相談に来られる方が、木元先生に会って自然と笑顔がでる姿が目に浮かびます。





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